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岩魚の人工産卵床

栃木県大芦川

2004.10.17

参加者:西大芦川漁協有志、一般ボランティア有志





Text & Photo 荻野 典夫

 岩魚釣りの季節が終わった。
 釣り人が去って静かになった秋の渓流。流れの中では岩魚たちのペアリングが始まる。それは命の営みとして釣り人をも魅了する神秘の姿である。
 一途に川底の砂利を掘り全身キズだらけとなったメス。優しげに寄り添うような仕草のオスが突如狂ったように他のオスを追い掛け回す。一時の騒動が過ぎれば何事も無かったかの様に再び寄り添いながら流れに漂う姿がそこにある。
 晩秋を迎えこの時期、栃木県の清流大芦川ではヤマメのペアリングが盛んに行われる。それから遅れること約2週間、岩魚の産卵が始まるのである。生息域を共有するヤマメや岩魚は産卵期をずらすことによって異種交配を避けると言われている。誰に言われるとも無く決まっている。それが自然界のルールなのである。

 大芦川と私の関係は息子を連れて“田舎の山や川で遊ぶ”というものであって、それは釣りとは直接結びついていない。“北関東の清流”と渓流釣り師の間では広く知られている大芦川ではあるが典型的な里川であって私はまだ竿を出したことが無い。息子と周囲の山を登ったり、田んぼの畦(あぜ)でガサガサ雑魚捕りをしたりして遊んでいる。子供には丁度良い擬似田舎体験が出来る場所である。

 大芦川の中流にある草久の集落に大芦川自然クラブの庵がある。クラブの創設者は自然派おやじを名乗る関谷氏で鮎トーナメントプロでありフィッシングコーディネーターなどという怪しげな仕事をしている。まあ釣りを仕事にして暮らしているのだから羨ましいとも言えるのだがやっぱりどこか怪しいのである。(笑)
 クラブの名誉顧問が作曲家の船村徹氏でメンバーには渓流雑誌でお馴染みの浦壮一郎氏も在籍しているという本当に訳の判らないクラブである。そのクラブの末席に名を連ねWeb担当などをしているのが私である。
 訳の判らないながらも集落に溶け込み地元の人たちとの交流も厚い。もし大芦川に行って何か事があっても行倒れにならないで済むほどに人情が厚く、正しい日本の田舎の生活を体験出来るのである。
 
 大芦川にはアユやヤマメの他に在来種の岩魚”ニッコウイワナ”が棲息している。今まで放流した記録がないのであるから天然在来種である。それを保護する目的で西大芦川漁協では現在も岩魚の放流を行っていない。また今後、現在の保護活動から一歩踏み込む形で大芦川在来種の岩魚から採卵して卵を源流部へ埋める計画も進行中と聞く。岩魚が大好きな私の興味を引く話題である。
 さて、今日は岩魚の産卵期に先んじて人工産卵床を作るボランティアを募集していたので息子と一緒に参加して来た。

 「岩魚と聞くと顔を出すんだからなぁ。」開口一番、クラブに顔を出した私に関谷さんの大きな声が襲い掛かる。源流シーズンはどうしても足が遠のいてイベントの手伝いもしていなかったのだからそう言われても仕方が無い。不義理を詫びて近況を聞く。
 今年の大芦川はたくさんの釣り人が訪れて盛況だった様だ。台風の被害も無く先日の台風22号でも2mの増水を見ただけで二日後には平水だったらしい。庵の下の大渕は今日も澄んだ緑色に輝いている。

 朝9時、西大芦漁協の組合事務所前にボランティアの人々が集まり組合員と県水産課の方の指導の下、岩魚が登る枝沢に人工産卵床を作る。総勢30人ほどが集合して組合長の挨拶を受ける。挨拶の中でこの作業が10年続いていることを知った。

ペアリング

 漁協というのはその活動内容に”増殖”と言うものが義務付けられている。その”増殖”を養殖魚放流という形で済ませている場合が多々あり、中でも成魚放流などというものを平気で”増殖”と言う漁協もあるのだから面白い。
 ヤマメ域にアマゴ(その逆もあるが)を放流して「知らなかった!」という漁協が有るかと思えば岩魚は一種類しかないと言い切る組合員も居ると言うのだから笑い事では済まされないものを感じる。

 西大芦漁協の今回の作業行動は人工的に岩魚の産卵場所を作るという意味で間接的な渓流魚増殖活動と言える。自然に人間の手を加える訳だから反対意見もあるだろうが人工的ではありながら在来種の岩魚の産卵保護に寄与している事は認めるべきで、彼らの漁協としての活動姿勢には前向きなものを感じる。

 参加人数も多くここ数年来の経験者も多いと言うことで上流と下流二手に分かれて作業を行うことになった。まずは全員で産卵床に敷き詰める小砂利の袋詰が始まった。スコップを構える人、土嚢(のう)袋を広げる人、それを運ぶ人。全員が動き出す。私の手には自然とスコップが・・・職業病であろうか・・・。(笑)

 小砂利を詰めた土嚢袋を軽トラに乗せ目的の沢へと向かう。まず最初に長年の実績から人工産卵床を作る沢床を選定する。基準は沢床が砂利であることに加え、水深と流量も関係する。冬に水が涸れるような場所では産卵床に適さない。

 水深15〜20cm、畳二畳程の瀬を選び下流側に丸太で堰を作る。堰と言っても水を堰き止める目的ではなく流速の調整が目的のようである。
 丸太の下流側中央に絞り込む様に石を積み上げて岩魚が遡る流れを作る。組合長はジャンプ台と言っていた。(笑)
丸太を敷いた上流側が産卵床になる予定の場所。
 周囲の流れを岩や石で調整して流れの主流が予定地を通る様にする。沢床の砂利から大きな石を取り除く。大きな石があると水流で卵が流されてしまうらしい。大石を取り除いた沢床にコブシ大の石を敷く。コブシ大の石の上に小砂利を撒く。
 コブシ大の石を下に入れる目的は水流の確保である。産卵された卵は小砂利の間に潜り込む。コブシ大の石が適度に混ざるため石の下側にも水流が入り込み新しい水と酸素を供給する。
 これで人工産卵床が一つ出来上がりである。
 産み落とされた卵の天敵は意外にもカジカだと言う。岩魚が産卵床を作る場所は上流部であり雑魚などは居ないが唯一の魚類がカジカらしい。そう言えば八久和川上流岩屋沢のテン場前にもカジカはいた。まあ、それも自然の法則というものだろう。

産卵床に敷き詰める小砂利を袋詰にする
水深15〜20cm、畳二畳程の瀬を選び下流側に丸太を入れ、堰を作る
大きな石があると水流で卵が流されてしまうので、沢床の砂利から大きな石を取り除く
大石を取り除いた沢床にコブシ大の石を敷く
コブシ大の石の上に小砂利を撒く
人工産卵床完成

 私たち渓流釣り師の仲間内で言うところの”藪(やぶ)沢”。大芦川は北関東有数の清流として知られている。しかし釣り人対象の区間は俗に言う里川である。大芦川はそれで良いのである。大芦川はヤマメや鮎を釣る川なのである。

 源流釣り。釣りの頭に”源流”を冠する私たち。人工物が頻繁に目に飛び込んで来る川で好き好んで岩魚を釣らなくても良かろう。人工産卵床作りに参加して藪沢は渓流魚の種(たね)沢として大切にしたいものだと心に刻んで帰って来た。これからも大芦川とは田舎遊びの場所として付き合って行こう。

10/19の下野新聞に出た記事

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