【 Prologue 】
車は米沢市街を通過し、一路小国を目指して小雨のそぼ降る未明のR13をひた走っていた。やがて川西と小国を分けるトンネルを抜ると、それまでパラついていた雨がバケツを引っくり返した様な豪雨となった。源流遡行はおろか里川で釣りをするのも無理な程の降りである。東北地方はここの所の雨続きで増水気味な所に持ってきて、この雨では石滝川の魚止めまで遡行するのは無理なのでは?と心配になってくる。皆は不安を通り越してヤケになったのか、トンネルを抜けて車が飛沫に包まれる度に大喜びしている。暫く行くとこの雨で運転を誤ったのか、トラックが横転している事故現場に行き当たった。今から思えば、この先の道のりを象徴するような事故であった。
【 石滝川 】
石滝の部落の近辺まで来ると、この辺りはさほど雨は降らなかったと見え、道路の所々が乾いている。一同ホッとしながら林道を進み車止めに到着したのだが、やはり着くのが遅かったのだろう、既に先行者の車が止められている。だからと言って今更他へ行く訳にもいかないので、途中で仕入れた食料等をザックに詰め込み、魚止め目指していざ出発。
林道を10分程歩いただろうか、普段の運動不足が祟って私は早くもバテ気味である。ようやく林道の終点に到着した。ここから不明瞭な踏み跡を辿って川へ降りる。暫く川通しで進むと、テントが張ってあり、その近くで釣りをしている2人組みに行き当たった。車止めにあった車の持ち主達である。どうやら昨日から入渓していたようだ。川上顧問が年上と思しき釣り人に「旧魚止めから竿を出す。そこまではなるべく水に入らないようにして行くから。」と交渉してOKを貰う。そうと決まればサッサと先を急ぐ。と、言いたい所だが、まだ、ほんの1時間程しか歩いていないのに、既に私は疲労のピークに達している。瀬谷さんも「腹が減った。」と訴えている事であるし、釣りの邪魔にならない所まで移動して朝食を取る事にする。
食欲はまるで無いが「取り敢えず腹に何か詰めておこう。」とオニギリを一口齧る。すると、とたんに吐き気がして危うく戻しそうになってしまった。こんな事は生まれて初めてである。だが、このまま何も食べないでいたら、歩けなくなるのは目に見えている。暫して吐き気が収まってきたので、無理矢理オニギリを口に押し込む。
【 核心部へ 】
食事をしたと言う気にならない朝食を終えた我々は(私だけ?)旧魚止めを目指して出発した。徒渉と高巻きを繰り返し、いい加減くたびれ果てた頃にようやく旧魚止め(15m滝)に到着した。落差15mとは言え、下から見上げるとかなりの高さの見事な滝だ。この15m滝は左岸側の崖を直登するのだが、幸いなことに誰が取り付けたのかトラロープが下がっている。
早速田辺さんがトップを切って、滝の右側に掛かっているトラロープに取り付く。女川でこの滝の比ではない恐い所を登攀・下降した経験がある田辺さんは、時々足元を確かめる様な仕草を見せる時以外、歩みを止める事無く着実なテンポで崖を登って行く。
次は私の番だ。トラロープをしっかと両の手に握り締めて登り始める。途中までは、遅々としたペースながらなんとか登れたものの、 2/3程登った所で足掛かりを見失い、登れなくなってしまった。まごまごしていると、窮状を察した田辺さんが上から「そこは右にちょっとずれて!」「足を思い切り上げて!」等と声を掛けてくれ、何とか登り切ることが出来た。
15m滝を突破した我々は、試し釣りをして見る事にした。早速いそいそと瀬谷さんが竿を出す。私はと言えば、崖を登るのに体力を使い果たして竿を出す元気も無く、トボトボと瀬谷さんの後を付いて行く。魚影はあまり濃くないようで、中々アタリが来ない。それでも暫くするとポツリポツリと釣れ出した。だが、どの魚も6〜7寸と言った所でしかもガリガリに痩せている。これでは釣っても仕様が無いと言う事で、先を急ぐ事にした。
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釣れるには釣れたが・・・ |
遡行に専念する我々に、再び滝が立ちはだかった。今度は7mの滝である。しかし、15m滝を突破したばかりの身にはそれ程難易度が高いようには見えない。早速田辺さんがトップを切って滝に取り付く。ここは左側のルンゼを利用して越えるのだが、田辺さんはどこでどう間違ったのか壁を背にして登ってしまい、途中で訳が分からなくなってしまっている。何とか向きを変えた田辺さんはようやく滝の上に出た。その後に続く我々3人はザイルを垂らして貰い、大した苦労も無く7m滝を通過する事が出来た。
次の難所は川上顧問言う所の『いやらしい4m滝』である。この滝の右側の岩壁は傾斜は左程きつくないものの、ツルツルしていて手掛かり・足掛かりが全く無く(顧問は5月に来た時はここで4度も落ちたそうだ)、左側はと言えば空身ならば何とか通れるものの、ザックを背負ったままだと、突き出た岩にザックが引っ掛かって通れない、と言う何ともやらしい滝なのである。
この滝を一瞥した瀬谷さん「このくらいなら何とか行けるんじゃないですか?」と、つい顧問に言ってしまい「じゃあ、やってみろ。俺は止めないよ。」と言う事に相成って、4m滝に挑戦する事になってしまった。
暫し右の岩壁を見上げていた瀬谷さん、やはり無理だと思ったのだろう左側からアプローチする。途中までは難なく行ったものの、予想通り突き出た岩の所で動けなくなってしまった。暫くアクロバチックな体勢で、ハーケンにぶら下ったシュリンゲ(顧問の後で沢屋さんが打ち込んだ物らしい)に手が届かないかと努力していたが、どうにもシュリンゲまで届かない。思い余った瀬谷さんは、無理な体勢から向こう岸目指してジャンプ!したのだが、飛距離が足りず滝の落ち口に着地してしまう。ここは水流が極めて強く、とても立ってはいられない所である。一瞬踏み止まったかに見えた瀬谷さんであったが、2秒と持たずにものの見事に滝壷へ転落してしまった。
それを見ていた我々一同ヤンヤの喝采で瀬谷さんを迎えたのだが、瀬谷さんの顔が何か変である。そう滝壷に転落した拍子に眼鏡を流されてしまったのである。
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滝壺に転落する瀬谷氏 |
「この調子では突破するのに何時間かかるか分からん。」と思ったのかどうかは定かではないが、川上顧問がスクッと立ち上がると「こうやるんだ、よく見ておけ。」と言い置いてヒョイヒョイと滝の上にアッサリ行ってしまった。あまりにも鮮やか過ぎて、まるで参考にならない。
ともかく後に続く事にして、次は田辺さんが挑戦する。だが、ザックを背負ったままでは、どうしても突き出た岩の所が通れない。見切りを付けた我々は取り敢えず空身で上がり、ゴボウでザックを引っ張り上げる事にした。
空身で滝の上に上がった田辺さんがザックを引っ張り上げようとするが、岩に引っ掛かって上がらない。場所を変えて上げようとしても、滝壷が全体的に抉れた形状になっている為、右からやっても左からやっても途中で引っ掛かってしまう。そうこうしている内に銀マットがザックから外れて滝壷を漂い出してしまった。それを瀬谷さんが拾い、私が受け取ろうと身を乗り出した瞬間、「ズルッ」と足を滑らせて滝壷に転落してしまったのである。「何やってんだ〜。」と上から声が掛かるが、笑って誤魔化すしかない私であった。
顧問と田辺さんの2人掛かりでザックを引っ張り上げ、ザイルを使ってザックを背負ったまま滝を登る事にし、まず私が挑戦する。途中までは何と言う事も無いが、最後の所で急激に上下が狭まり、這って行かなければならず、何とも窮屈である。そして、身を乗り出して庇状の岩に掴まって向こう側へ乗り越えるのだが、又しても足を滑らせて滝壷に落ちてしまう。再度挑戦するが、あらかた体力を使い果たしてしまった私では、ザックの重さに耐えられず、再びアッサリ転落してしまう。ホトホト嫌になって来るが、結局ザックを川上顧問に上げて貰い、私は空身で上に上がる。
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ザックを背負ったまま突破しようとするのだが・・・ |
【 テン場は遥か遠く 】
精も根も尽き果てた私が岩の上でへたり込んでいると、瀬谷さんも上がって来た。「さあ、それじゃまた釣りましょう!中村さん釣りをすれば元気が出ますよ。」と田辺さんが声を掛けてくれるが、ザックから竿を出すのも億劫で、そんな気になれない。釣りとなるととたんに元気になる瀬谷さんが、ササッと竿を取り出し失った眼鏡の代わりに度入りの水中眼鏡をして、「では!」と言って勇躍流れに足を踏み入れた瞬間、「ズルッ、ズズ〜、ドッボーン」なんと4m滝の落ち口のナメに滑って流れに押され、あれ程苦労して登った(アプローチを開始してから完登まで1時間かかった)4m滝の滝壷に再び転落してしまったのである。しかも、今度は竿を折ると言うオマケ付き。瀬谷さんと4m滝は相性最悪の様である。笑っちゃ悪いが、大いに笑った私は幾らか体力が回復して竿を出す元気も出てきたので、ちょっと釣って見る事にした。だが、期待に胸を膨らませて竿を出したのだが、釣れるのは先程のと同じ様な岩魚で、しかも一段と痩せている。こりゃダメだ、と早々に竿を仕舞った我々は遡行に専念する事にする。
4m滝を越え暫く行った所で昼食を取った我々は、テン場目指して黙々と歩いていた。だが、車止めを出発して既に6時間余りが経過している。時々休憩を取っているとはいえ、流石にこの辺りまで来ると全員に疲労の色が濃く、前を歩くタフな筈の田辺さんの足取りも心なしか重いようだ。
そんな我々を元気付けようと「あと少しでゴルジュを抜けるから。」「あと15分ぐらいだぞ。」と川上顧問が声を掛けるが、我々の反応は鈍い。
顧問の言葉通りにゴルジュを抜けると石滝川は穏やかな表情を見せるようになり、暫く溯ると5月に顧問が使用したテン場跡を発見した。本当にあと僅かでザックを降ろせると思うと幾分元気が出て来る。(ような気がした)
それから5分程後、4人が寝るのに手頃な広さの河原を発見した。「皆疲れているし、ここで良いだろう。」と顧問の許可が出たのでそこをテン場と決め、テント等の設営に入った。8時間の苦しい遡行も、ようやく終わりを告げたのである。
【 岩魚の楽園 】
さて、一息ついた我々は晩飯のおかずを釣りに行く事にした。テン場のすぐ上から竿を出すが、あまり釣れない。少し行った所で、左岸から沢が出合っているのを発見した。「ここは俺もやった事ないけど、きっと釣れるよ。良ければやってみれば。」と顧問に薦められ、その沢に入る。
出合いの辺りは反応が無かったが、少し行った辺りからボツボツと釣れ始め、暫く行くと入れ食い状態になった。一つのポイントに2、3尾は居る様子で、適当に餌を投入しても隠れ家から出てきて餌を食う様がハッキリ見える。だが残念な事に、ここでも型は良くなく6〜7寸と言った所、時々8寸近いのが混じる程度で、大きい岩魚は釣れない。どうやら此処は種沢だったようだ。
小さな魚を釣っても仕方が無いので、大きいのが居そうな所だけを狙って釣るが、それでも7〜8寸と言った所。どうもこの沢では尺は釣れそうも無いようだ。
好ポイントが次々と現れるので、暫く夢中で釣っていたが、ハッと気づくと餌のドバミミズが残り少なくなっている事に気が付いた。仕方ないので、餌をブドウ虫に切り替え、「ここぞ」と言う所だけドバを使う事にする。しかし、目的であった尺岩魚との出会いはないまま、ドバが無くなり納竿となった。餌箱いっぱいにあったドバが無くなる程釣れたのは、今までの釣り人生の中で初めての経験であった。
一足先にテン場に戻った私が薪拾いなどしていると、3人が戻ってきた。釣果を尋ねると、やはり尺は出なかったようだ。しかし、ぶら下げている獲物入れを覗くと9寸程の岩魚が混じっている。水量がある分、沢よりも本流の方が大物は多いのだろう。
キープした岩魚を料理して晩飯のおかずに加え、メニューを豪華にした我々は山の幸をありがたく頂き、明日に備えて早めにシュラフに潜り込んだのであった。
【 二日目 】
テントを叩く雨音で目が覚めた。残念ながら本日は雨のようだ。暫くうつらうつらしていると、瀬谷さんが起こしに来た。渋々シュラフから這い出ると、幸いな事に大した降りではなかった。朝食を食ってしまうと、「さあ、今日は魚止めを案内するからな。」と今日も顧問は元気一杯である。
昨日私以外の3人が引き返した先から釣る事にし、釣り道具と行動食だけ持った軽装で出発する。暫く川を溯ると徐々に渓相が険しくなり、やがてゴルジュ帯となった。
途中3〜4m程の滝があり、右側の壁にロープがぶら下っている。このロープを補助にして滝を登るのだが、打ち込んであるハーケンの位置が右に寄っている為、どうにもやりにくい。ロープを思い切り引っ張って反動で体を持ち上げようとしたら、逆に体が右に振られ下に転落してしまう。「ロープに頼り過ぎだ!ロープはあくまで補助なんだ。他の人がどうやっているか良く見て!」と顧問に怒られてしまった。
【 尺岩魚を求めて 】
ゴルジュ帯を抜けた我々は大物を求めて釣り始めた。アプローチとポイントさえ間違わなければ実に良く釣れる。だが、相変わらず型は良くなく平均7寸と言った所。そんな中、私の竿にここでは大きい方の8寸クラスの岩魚が掛かった。「おぉ、良い型だ。でも、この程度の岩魚を釣りに来たんじゃないからなぁ。」などと岩魚に失礼な事を考えつつ、針に岩魚を付けたまま竿を畳んでいた所、恐らく穂先が枝に当たったのだろう「パキッ」と言う小さな音と共に穂先が折れてしまった。さぁ〜て、これは困った。予備の竿はあるものの、そいつはテン場に置いてある。ここから取りに戻るのは、時間が掛かり過ぎるのでちょっと考えられない。結局、田辺さんの竿を交代で使う事にして、釣り登ることにした。
暫く田辺さんの竿を使って釣っていたのだが、ふと気づくといつのか間にか、田辺さんは瀬谷さんの竿を手に釣っている。「それでは瀬谷さんはどうしたのかいな?」と振り返ると、何と枯れ枝に仕掛けを括りつけそれで釣っている。そんな冗談みたいな道具でも結構釣れてしまうから恐ろしい。
枯れ枝竿で岩魚が釣れる度に皆で大喜びしながら釣っていたのだが、いよいよ餌が残り少なくなってきた。ちょうど、本流の魚止めとすぐ近くの沢の魚止めの所にやってきたので、二手に分かれ、それぞれドバを一匹ずつ持って魚止めを探ってみる事にする。私は田辺さんと組んで沢の魚止めを釣って見る。魚止めと言っても大瀑布があり、その下に大釜があって、と言うのではなく、ただ小さなナメ滝があるだけである。最後の一匹のドバを付けた仕掛けを、慎重にナメ滝の下に落とす。と期待違わず白泡を割って岩魚が飛出してきた。8寸超の立派な岩魚だが期待のサイズではない。「魚止めの主でも8寸クラスなのか。」とガッカリして引き返す。
待つほどの事も無く本流組も戻ってきた。釣果を聞くと我々と似た様なものらしい。結局ここで納竿とし、行動食を食べ休憩した後テン場に向けて引き返す。
【 撤収 】
テン場に戻った我々は遅い昼食を取り、テン場を撤収し荷物をまとめて、車止めに向け沢を下り始めた。途中の難所で懸垂下降のやり方を顧問から伝授して頂く。瀬谷さんは去年、講習会に出席したので知っているが、私と田辺さんは出なかったので、この機会に教えて貰おうと言う魂胆なのである。まずは顧問が手本を見せたあと、田辺さんがおっかなびっくり降りて見る。次は私。「体重を後ろに掛けろ!」と顧問が下から叫ぶが、これが恐くて中々言われた通りに出来ない。「こんな感じですか?」「もっとだぁ!」「こうですかぁ?」「まだまだぁ!」とへっぴり腰になりながらも、なんとか平らな岩の上に降り立つ。最後は瀬谷さん、顧問が「先に行ってろ。」と言うので先行していて、見ていなかったのだが、瀬谷さんはここで頭から落ちてしまう。幸いザックがクッションとなって大事には至らなかったが危ない所であった。
行きは苦労した4m滝も帰りは難なく越え(実は私だけまた落ちた)次の7m滝も懸垂で降りる。ここは先程と違って、途中から空中懸垂となるので先程より一段と難しい。ここもまずは顧問が鮮やかに『肩がらみ』の手本を見せる。筈だったのだが、途中まで降りた所で「痛ぇ〜!」と突然叫び出した。「どうしたんだ。」と皆で覗き込むと、途中で足を突っ張ったまま、ヒ〜ヒ〜言っている。「どうしたんですか?」と聞くと「股ずれが…。ザイルでこすった。きっと血が出てる。」そうです、顧問の別名は『股ずれの健』。その患部をザイルでこすってしまったが為、股ずれが再発してしまったのです。
なんとか痛みを堪えて顧問が下に降りたので、先程の順番通り田辺さんから降りる。暫し呼吸を計っていたが、思い切ってザイルに身を預ける。途中まではスムーズに降りたものの、空中懸垂の段になると途端に詰まってしまった。ちゃんと降りるのは無理と思ったのか、落っこちるように飛び降りる。
次は私の番だ。先程と同じ様に降りようとするのだが、さっきとは違って今度は枝に支点を取っている為(さっきはハーケンだった)体重をかけると大きく支点が動き、恐ろしい事この上ない。随分長い間、足を出したり引っ込めたりしていたが、遂に意を決して下降を始める。
途中までは何とか行けたものの、やはり空中懸垂となる所で動けなくなってしまう。「これはやっぱ飛び降りるしかないだろ。」と飛び降りようとした瞬間、肩に掛けたザイルが外れ頭から真逆さまに墜落してしまう。落ちながら「これはヤバイよ〜。死んじゃうかも。」と思ったが、幸い下には水が50cm程溜まっており、しかもザックがクッションになったお陰でどこも怪我する事は無かった。ヤレヤレ。
まあ、もっとも失敗して落ちたとしても、大丈夫な所を顧問が選んで懸垂下降をしているのだから、めったな事では怪我はしないのだろうが、それにしても冷や汗をかいた。
【 瀬谷さん死す! 】
トラロープにすがって、そろそろと15m滝を降りた私はトップで下り始める。しかし、高巻きルートが分からず、直ぐに顧問に先導役を譲る。巻き道に入って歩いていると、後ろが付いて来ていない事に気が付いた。「どうした〜?」と後に声を掛けると「瀬谷さんが穴に落ちた!」と田辺さんが答えてきた。顧問にストップをかけ穴から這い出すのを待つが、中々出て来れない様だ。「怪我した?」と聞くと「いや…。」と歯切れの悪い答え。どうやら、瀬谷さんは体力を使い果たして、穴から出る気力も無くなってしまったようだ。
ようやく瀬谷さんは穴から出たが、相当消耗しているようだ。瀬谷さんだけでなく、私もかなりへばっている。そこで、顧問に休憩を進言し許可がでたので、小休止を取る事にした。
ハチミツ等で糖分を補給し、ごく僅かに体力を回復した私と瀬谷さんはふらつく足をなだめすかしながら、再び沢を下り始めた。
歯を食いしばりながら痙攣する足を交互に運び、もう限界だと思い始めた時、遂に林道への登り口が見えてきた。既に辺りは薄暗くなっている。
【 帰還 】
林道へ上がる前に、最後の休憩をしよう、と言う事になったのでザックを降ろし崩れるように座り込んで一息つくと、瀬谷さんがいない事に気が付いた。「瀬谷さんは?」と聞くと「すぐそこ迄来てたけど…。そこらで倒れてんじゃないの?」等と冗談を言っていたが、あまりにも来ないので田辺さんが様子を見に行く。が直ぐに戻って来て「そこでへばってた。相当きてるよ。」と報告する。
「そろそろ行きましょうか?」と言う頃になっても瀬谷さんが来ないので、顧問と田辺さんが交互に瀬谷さんに呼びかけるが、一向に反応が無い。数度の呼びかけでやっと姿を現した瀬谷さん、ハチミツを貰い、水を飲んでようやく人心地付いたようだ、最後の力を振り絞ってなんとか立ち上がる。
既に日が落ちた中を「ウオォ〜。キエェ〜。」と奇声を上げ、自分に気合を入れながら踏み跡を辿る瀬谷さんだが、色付きの水中眼鏡を掛けていては前が良く見えないようで時々道を踏み外す。(これがまた余計体力を消耗する。)
しかし、苦しい登りも遂に、遂に、終わりを告げ周りが明るくなったかと思うと、ヒョッコリ林道に出た。後はこの林道を下りさえすれば苦しかった石滝釣行も終焉を迎えるのである。
【 Epilogue 】
乾いた服に着替え、サッパリした我々は石滝の部落の酒屋の前でささやかな酒宴を張っていた。
川上顧問の音頭で乾杯し、冷たく冷えたビールを飲み干す。ようやく皆の顔に笑顔が戻った。今回の釣行の話を肴に一本二本とビールが空いて行く。(私は下戸なものでコーラです。)
いつまでもこうしていたいが、もう時刻は午後8時を廻っている。これ以上ここに居ては、家に帰る頃には夜が明けてしまう。散々苦しんだ石滝川ではあるが、渓から上がってしまうと苦労した分、また名残惜しさもひとしおに思えてくる。ビール(コーラ)を開ける毎に立ち去り難く思えてくるが、その想いを断ち切り石滝川を後にしたのであった。
後日談
その後の検査で懸垂下降に失敗し転落した瀬谷さんの肋骨にヒビが入っていたことが判明した。こんな大怪我を負って歩いていたのでは、体力を使い果たし歩けなくなったのも道理である。 皆さんも源流遡行の際は御自分の技量を過信することなく、安全第一でくれぐれも無理をなさらないように…。 |