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新潟県信濃川水系 支流

平成13年4月27日
中村敏之、高野智




 
Text :高野智
Photo:高野智、中村敏之

 朝の冷え込みに備えて厚着をしてきてしまい、下降点に着く頃にはすでに汗ばんでいた。2年ぶりに訪れる渓は以前と同じで、何も変わっていなかった。雪国の長い冬が明け、山の木々は芽吹きの時期を迎え、風は春の薫りを運んできた。

 この新潟の渓に向かう途中、車から見える山の斜面には例年にないほどの雪が残っていた。それはまるで春の訪れを食い止めようとしているようにも見えた。
「この分だと、渓は完全に埋まっているかもなぁ。」
現地に着いた2人は真剣に他の渓に移動しようかとも考えていた。しかし、今回は他の渓の情報は集めていないし、地図も持ってきていなかった。
「まあ、ダメでも山菜採りくらいはできるだろう。」
と物事を良いほうに考え、夜明けの山道を歩き出す。

 林道から逸れていつもの渓への道へと踏み込むと、今年の雪の影響だろうか、踏み跡は所々で崩れて渓に落ちていた。いくつかの沢を跨ぎ、ゆっくりと下降地点までの道を歩く。斜面には色とりどりの花が咲き、瑞々しい新緑が目に飛び込んでくる。

コゴミ
おひたしや天ぷらが美味しい

 40分ほどかけて下降地点に辿り着き、一服入れる。渓には雪が残っているが、思っていたほどではなく、かなり釣りを楽しめそうである。周りを見渡せばコゴミが随分と出ているではないか。話では山菜はまだだと聞いていたので、今回は無理かなと思っていたが、これなら山菜の天ぷらが楽しめそうだ。山菜は帰りに採るとして、早速竿を出すべく準備に入る2人だった。

里ではすっかり春でも、渓はまだまだ目覚めていない
雪代に磨かれサビもすっかり取れた岩魚

 最近はいくら源流とは言っても、時期が遅くなると入渓点で良い思いをしようというのは無理な相談である。
 今日までどのくらい釣り人が入っているのだろうかと、目の前の落ち込みに投餌するが、一つ目は留守らしい。では次はと仕掛けを投げ込むと、岩裏の緩い巻き返しで目印が止まる。一呼吸置いてアワセるとすっかりサビもとれた岩魚が釣れた。ここで7寸が出るなら人はあまり入っていないらしい。

 先行する中村氏に追いつき岩魚が出たことを知らせる。中村氏も6寸程度の綺麗な岩魚を釣り上げていた。これは今日は行けるかもと遡行する2人の足取りも軽くなった。



目覚め
ふと見上げると稜線沿いに眩しい新緑が目に付いた

 この渓は入渓点はそれなりに開けているが、渓は直ぐにV字谷となる。その手前にコゴミの草原となる台地があるのだが、今年はまだ雪に埋もれていた。やはり例年より春は遅れているのだろう。
 渓がゆっくりと右に曲がるところを過ぎた辺りで6寸岩魚が出た。その後、大き目の落ち込み下で目印が止まった。アワセると結構良い引きをする。竿を縮めながら上げたのだが、バレてしまった。私はこれがきっかけで3連荘でバラシてしまう。全て良型だったのでかなり悔しい。

 中村氏にはまだキープサイズは来ない様子。前回の会の釣行では釣れなかったので、今回はなんとか上げてもらいたいものである。


大雪渓
巨大な雪渓に圧倒されながらも竿を出す



 渓沿いに生えるコゴミをビニールに詰めながら、2人はなおも遡行を続けた。渓は大きく蛇行を繰り返している。両岸は高い崖になっていて冬の間に積もった雪は急斜面を滑り落ち、渓を埋めている。その量は膨大で雪渓を越えていくのも慎重になる。
 いくつかの雪渓を越えた先、先行していた中村氏がなにやらしゃがみ込んでいる。小走りでそばに行くと、綺麗な岩魚を見せてくれた。十分キープサイズはある。今シーズン初のキープサイズに中村氏も嬉しそうだった。

 その先のある雪渓を乗り越え、次々に現れるポイントに竿を入れていく2人。時刻は7時半。
「何時頃から雪代が入るかなぁ。」
ここでは両側が高い崖になっているので、増水すると帰れなくなる可能性も出てくる。朝方はかなり冷え込んでいたが、今は春の日差しが降り注ぎ、雪もかなり緩んできていた。
「そうだなぁ、まだ平気だと思うけど、じゃ8時半までやろうか。」
2人は山菜を採りながら、目に付くポイントに竿を出し遡行を続けた。

 いくつ目の雪渓を越えたところだろうか、対岸に絶好のポイントが目に止まった。流れの中に足を踏み入れ、まず手前に竿を入れる。そこがダメだったので一歩踏み出し、先のポイントに竿を出した時のことだった。ドドドドッー!! 深く切れ込んだ狭い谷間に轟音が響き渡った。その瞬間、私は下流にあった大きな雪渓が崩れたのかと思い振り返った。と、そのときである。私達2人の立っていた直ぐ脇、ほんの数メートルのところで、ザッブーン!!という音とともに水しぶきが上がり、2人とも頭から水を被ってしまった。

雪塊の落ちてきた崖 20mほどあるだろうか

「また来たぁっ!」中村氏の鋭い叫びに、慌てて対岸へと走る。1,2歩行った辺りで、また頭から水しぶきが・・・。
 轟音は雪渓が崩れたのではなく、私達の頭上20mの崖の上から、大きな雪の塊が落ちてきた音だったのだ。
 呆然と立ちすくす2人。あとほんの数メートル前に出ていたら、もし雪の塊が崖で弾ける方向が違っていたら。今頃はどちらか死んでいたかもしれない。それほどの至近距離であった。
 雪解けの渓で雪崩にあってやられてしまうというのは良く聞いていた。だから斜面に大きな雪渓が残っているような場所では、いつも注意していた。だが、今回は見上げても雪などほとんど目に入らない崖の上からの落雪。もっと規模の大きなものだったら、2人ともやられていただろう。運が良かっただけとしか言いようが無かった。

頭上からの落し物



「音がしたから雪渓が崩れたかと思って振り返る途中で、上から落ちてくる塊が目に入ったんだよ。そいつが崖に当たって2つに割れて飛んできたんだ。逃げようとしたけど、上流側に岩があって行けなくて、下に逃げたんだけどさぁ。割れたデカイほうがこっちに飛んできて、ずぶ濡れだよ。」
頭から水を被ってずぶ濡れの中村氏が興奮気味に語ってくれた。私にはまったく目に入らなかった。まさか上からとは・・・。
 時刻はまだ8時だったが、この先も同じような地形が続いているのを知っている。雪も相当緩んできたし、そろそろ引き上げ時かもしれない。



雪が消え一番にコゴミが顔を出していた

 2人は急いで、しかし慎重に雪渓を越え、安全な台地まで引き返した。腹も減ったことだし、そこで大休止として、辺りに生えているコゴミを採った。まだ時期的には早いとはいえ、十分に伸びたコゴミも結構ある。摘み取って香りを嗅ぐと、芳しい香りがした。
 そこでビニール一杯に採った私達は、さらにワサビやウルイ、フキノトウといった旬の山菜を見つけつつ、帰路に着く。退渓点の斜面にはピンク色をした可憐なカタクリの花が春の日差しをいっぱいにあびて咲いていた。





斜面にはまだまだ雪が残っていた 今日の山の恵み
 コゴミ、ウルイ、ダイモンジソウ、ワサビ、
フキノトウなど

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