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新潟県荒川水系

平成13年7月20日〜22日

伊藤智博、田辺哲、中村敏之、川久保秀幸





Text :川久保秀幸
Photo:中村 敏之

 私にとって二回目の源流行は二泊三日の日程で、荒川水系でした。渓道楽でも過去数回入渓したことのある流域であるが、日程的に余裕があるので、山越えで入り、二個所 テン場を移動しながら、支流を詰めて戻るという長いルートで行こうと言うことになった。これまで二回同じルートで遡行したことのある、当会の若きホープ伊藤さんを隊長とする、ナベさん、中村さん、私の4人編成で出撃と相成った次第です。

むむっ、先行車が4台も・・・

 19日の22時に「かじか」を出発して東北道に入り福島飯坂インターを下りて、翌朝の5時頃に車止めに到着してみたら、愕然、そして落胆して、四人の隊員は早や「戦意喪失」の体でした。何しろ、先行者の車が4台も止まっているではないですか! 人気のある源流とはそれほど認識していなかったこちらの完全な読み違いでした。シュン。もう大物は期待できそうにもないようだが、どこかで「竿抜け」しているポイントがあるはずで、そこを攻めれば、あわよくば大物に出会えるかも知れないと気を取り直して身支度をするも、気勢がいまいち上がらないことおびただしい。遠方からはるばる来たのだから無理もないが、結果は入渓してみないと分からないと気を強く持つ。

 ところで、車止めからしばらく山越えしていたときに、一同にとって肝を冷やすハプニングが起こった。事もあろうに、隊長の伊藤さんが蜂に追いかけられた拍子にバランスを崩し、一回後ろにもんどり打ってあわや!深い谷底へまっしぐらと思いきや、思わず掴んだ低い灌木類を命綱にして10メートルほどの滑落だけでくい止めて、事なきを得たのである。さすが運動神経のいい若者ですな。それにしても、まだ一日も始まっていないのに、先に隊長がこけてしまったらどうするのだ!全く。一同、胸をなで下ろし、5時間ほどで沢へと出た。

『伊藤隊長転落之図』
蜂に襲われた伊藤隊長

もんどりうって崖下に転落す。
踏み後を辿って稜線に出ると、
果てしない雲海が広がっていた。
一休みしつつ、
ルートの確認をする伊藤隊長


 入渓してみると、ほぉーとうなった。深閑とした森、その新緑を反映してエメラルドグリーンに輝く川床。闊達した流れもさることながら、釣れそうなポイントがあちこち点在して、いい「渓相」でした。流れの中へ足を踏み入れると、さっとイワナの影が走っていくのが幾度も目に入った。中には「おまえらはどこから来たのだ!」と言わんばかりに近くまで寄ってから、素早く反転して岩の抉れへ隠れて行った無垢なイワナもいた。20センチ以上の良型もいたが、総じて中型が多いという印象でした。

 「ここはいいな!あそこもいいな」と釣り心が沸き起こるのを我慢して、他の隊員と一緒にズンズンと先を遡行していったら、横から小さな支沢が出合うところから、初めて竿を出すことを隊長から許可された。こんな時はもう、うれしいな。竿に糸をセットするときのウキウキした気分は、本当の釣り人でないとわからないものだね。大物を釣ってやるぞ!と鼻息を荒くして、じゃなくて、釣れてもともとという無欲の気持ちで釣り糸をたれるのが大事である。でな訳で、里川での釣り癖が抜けない私は、ついつい本沢の方へ釣り上がっていたが、結局、良型2尾小型3尾釣れただけでした。
 全てリリースして伊藤隊長と第1予定のテン場に向かったが、そこは先客が二人すでにテントを張っていたので、やむなく少し上流にあるテン場に向かって、設営に取りかかった。

 小さな支沢に入ったナベさんと中村さんがほどなく合流してきたので、釣果をきくと、ご両人とも尺に満たないが、それでも、28センチのを釣り上げてご満悦の様子でした。リリースしたとかで実物は見ていないが、人間とめったに出会うことのないイワナは簡単に釣れるのだなと再認識した。貧相な沢という先入観があって、大きな沢の方を選んだ私はバカでした。そんなに釣れるのなら、遠慮なくイの一番に乗り込んでやるのだったと、今になってほぞを噛む。

テン場近くで釣れた白い斑点が鮮やかな良型イワナ 支流に竿を出す
小さな沢だが良型が竿を曲げた
小さな沢の小さな魚止め

 夕方からのテン場は、お定まりの「源流酒場」である。第1テン場に入っている二人組(同県人)が上流から戻ってきたのを伊藤隊長が強引(?)に、酒宴に引っ張り込んでの山釣り談義であった。酒宴の話をしたらきりがないのではしょるが、その後の合議で、こう先行者が多すぎては釣りにならないから、明日のテン場止まりは無しということに相成った。つまり、沢を明日一日で渡りきってしまうという強行軍になるから、腹こしらえをしっかりしておけ、と隊長から命令が下されたのである。おいおい、この年寄りを何と心得ておるのだ!と文句を言いたいところだが、上官の命令には絶対服従の一兵卒の我が身だから、いたしかたない。しかし、釣りの方はどうするのだよ!

ブナの森に守られたテン場 早くも宴が始まってしまった

 二日分の材料をぶち込んで作った料理で十分エネルギーの補給をしてから熟睡したおかげで、体調はみんなすこぶる良いようでした。ナベさんも朝っぱらからアルコールをしこたま飲んで、赤くて妙に腫れぽったい顔(虫に食われた?)でご機嫌でした。






降り注ぐ朝の陽射しに
厳かな気分にさせられる
静かに竿を出せば
水の精が遊んでくれる

 テン場を7時に撤収して、ちょっと暑いがいい天気のもと、上流に向けていざ!出発。10分ほどで歩いたところで、朝日がこぼれ落ちる源流の風景のすばらしさに目を奪われた。早速デジカメに収めたのは言うまでもない。下界にいると忘れてしまっている自然界への感謝と言うか、それとも何か、太古から続いている「自然の営み」を一瞬の間に観ているような荘厳な感覚と言ったら、わかるだろうか。それから気持ちも足取りも軽く快調に、時々釣りしながらいくつかのゴルジュ帯を突破し、5時間で沢の出合いに到着。

 さあ、それからが問題である。この沢は一口に言うと釣りどころ(23センチのイワナのみ釣れた)でなく、ハードな沢登りがメーンになっているコースであった。へつり、高巻き、ロープを使った懸垂登攀もあり、小さな沢が入り組んでいる複雑な渓だったが、と言っても難易度から言えばそれほどの難所ではなかったと思う。それでも、5、6個所もあった高い「魚止め」での登攀は面白かったな。高くても3、4メートルとほどだが、冷たい水しぶきを浴びながらの登攀は大変爽快で、ガキに返ったようで楽しかった。

辛い遡行途中で見かけた紫陽花

 ただ一つの誤算は、重いザックを担いだままで深い滝壺を泳ぎ渡り対岸の岸壁をよじ登る段で、伊藤隊長に続き、いざ自分も勢い良く飛び込んだのは良いが、意外とザックの重みが邪魔になって、さすがの私も少なからずパニックってしまったことである。つかみ所のない岸壁だったので、やむなく元の位置へ泳ぎ戻って上を見たら、別のルートですでに登っていった二人と隊長が手を叩いて喜んでいる!こちらがおぼれかかっている時だと言うのに、何たることだ!今度は40キロの負荷を付けて泳ぐトレーニングを積んで、見返してやろうかな、と思う。





メンバーが各々最大の力を出し合って進んで行く
助け合うことによって、その力は数倍となる
トップを切ってルートを切り開く伊藤隊長。
今回の彼の働きは目覚ましいものがあった。
数々の難所(って程の所はなかったけど)を力を
合わせて乗り越えた。


 最後に水の流れがチョロチョロ出ている急な斜面を気息奄々として登っていくと、やっと山の稜線に出た。後30分で車止めまで戻れるとの隊長の仰せで、俄然元気が出てスタコラスタコラ下りていったら、やっと、車止めに到着したのは夕方の17時過ぎだった。もうヘロヘロになってしまっって着替えするのがおっくうになるほどでした。

 第二夜は小国駅前の小さな旅館に素泊まりして、翌朝帰路へ。途中の米沢市内で本場の「米沢牛」に舌鼓を打った。それまでみんな朝飯抜きの空腹を我慢していただけに、大変美味であった。店に飾ってあるサインでもわかるように有名人が何人も食べに来るほどの有名店だから、値段の方は目玉が飛び出るほど高かった!食べ盛りの子供をふたり抱えている自分にそんなお金払えるかよ!おかげで今月は、当分金欠病で暮らさないといけなくなった。

 後は、大井川源流行同様、もう少しゆっくりしていたかったという思いを残しながら、かじかに向けてひたすら走り続けた。今回の釣行は大井川で多少慣れてきたのか、足のこわばりはあまりなくなっているし、ガキに返って遊べたようで楽しかった。下界に戻ると、もう、うだるような暑さで源流がまた恋しくなってきた。


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