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栃木県 鬼怒川水系 湯沢

2001年8月18日〜19日

渓声会会長荻野さん だいさん Yokoさん ユウさん ナベちゃん 高野




Text :高野 智
Photo:ユウさん

 渓流釣りと温泉。比較的ポピュラーな組み合わせである。日本全国、温泉はいたるところに湧いているし、渓流釣りといえば山奥に行くのだから、温泉がある割合はさらに高くなるのも当然。
 だが温泉は多いが、河原、それも宿も何もない源流でテン場のすぐ横に温泉が湧き出しているとなると、グ〜ンと少なくなってしまう。
 今回目指すのは、そんな数少ない源流の湯。おまけに岩魚釣りまでできるとなれば言うこと無しなのだが、岩魚は居るとガイドブック等には書いてあるが、実際に行ってみないと何ともいえない。
 で、どこに行くのかというと、栃木県奥鬼怒の湯川である。ここには天然記念物に指定されている噴泉塔もあるそうで、岩魚が居なくても噴泉塔を見て温泉に浸かってノンビリできればということで「奥鬼怒湯けむりプロジェクト」が計画されたのである。
 今回のプロジェクトは渓道楽会員ではなく、インターネット上のメーリングリスト「渓声会」のメンバーによって構成されている。
 まず、渓声会会長の荻野さん、そして会員であるYokoさん、だいさん、ユウさん、おなじみ股ずれナベちゃん、そして私の6名。もうひとりウルワツさんも行けるはずだったのだが、残念ながら急用でキャンセルとなってしまった。
 掲示板にて綿密な計画を立て、ネットで様々な情報を集めた我々は8月18日、19日の2日間をプロジェクト実行日として設定。関東各地から参加メンバーが宇都宮にある会長宅に集合することとなった。

 さて私であるが、ナベちゃんが黒磯の別荘から行くとのことで車の同乗者がいない。どうしようかと考えたが宇都宮まで新幹線で行くと幾らかなとネットで検索してみると、なんと大宮から3070円。あ、そんなもんで行けちゃうの。それなら一人で車を出して行くのと変わらないじゃん。それに新幹線なら大宮から30分くらい。こりゃ会社行くよりずっと近いよ。やっぱ、新幹線じゃないっすかぁ、とどっかの企業CMのように、あっさりと決定したのであった。

 久しぶりの新幹線になんだか心ウキウキ。馬鹿でかいザックを背にエスカレーターを上がり、「なすの261号」の到着を待つ。ユウさんと連絡を取り合い、14号車にて落ち合うことにした。
 時間になるとアナウンスがあり、なすの261号が空気を切り裂くような流線型のボディーをホームに滑り込ませてきた。
 車窓からはユウさんが手を振っている。さすがに遅い時間でもあり車内はガラガラ。難なく席に着き釣りの話などをしていると、あっという間に宇都宮に着いてしまった。なんて便利な世の中になったものだろう。これでもっと料金が安ければ家族で利用できるのになぁ。

 宇都宮にて荻野さんに連絡を入れ、改札を出てロータリーで待つことにした。そのとき視界の片隅に大きなシャチの浮き袋を背負った青年が歩いてくるのがチラリと映った。そういや今回の湯けむりプロジェクトじゃ、それ持って行こうかなんて話も出てたよなぁ。でも、タイミングよくシャチを背負った人がいるなんて、宇都宮ってイケてる街じゃん。などと訳の判らんことを思ったが、あまりジロジロ見て因縁つけられちゃたまらんと無関心を装う。するとその人、回りこんですぐそばに立っているではないか! 誰?もしかして変な人と思ったら、なんとウルワツさんだった。私は初対面なので目が点に・・・。ユウさん、知ってるんだからちゃんと挨拶してよ。と思ったらユウさんもシャチに目を奪われて目が点になり、ウルワツさんとは気がつかなかったらしい。ホッと胸を撫で下ろし、挨拶を終えた3人+シャチ1頭は荻野さんの家に向かって走り出した。

 荻野さんと久しぶりに再会し上がりこんで喉を潤していると、次々とメンバー到着。全員が揃ったところであらためて乾杯し、荻野さんの奥さんまで交えて宴会が始まってしまう。今回のプロジェクトについて再度確認したところでちょうど良い時間となり、車に分乗して6人は出発した。ウルワツさんは残念ながらお見送り組である。
 途中のコンビニで買出しをした後、荻野さんのホワイトいもいも号の後部座席ベッドで寝袋にくるまり熟睡体勢。気がつくと車止めに到着していた。

 皆が起きだした気配に目を開けると、すっかりと明るくなり寒いくらいの空気が山にいることを思い出させてくれた。
 さて、行きますかと着替えをしていると、荻野さんが「あれ、パンクしてるよ。シューシュー言ってるもん。」と言い出した。どうやら左前輪がパンクしてしまった様子。スペアーを出して早速交換作業。スペアーも空気が甘いけど、なんとか走れるだろう。

 出掛けにハプニングに見舞われたが、気をとりなおして林道へと歩き出す。空はどんよりと曇り気がかりだったが、やはり源流は気持ちがいい。
 程なく湯沢への下降点にたどり着いた。情報によるとここから遊歩道があるらしい。いきなりの階段を下り小さな沢に出る。ここで下しか見ていない私達は遊歩道を見落とし、その沢伝いに下り湯沢の流れに立った。
 降りたところの下流には大きな砂防堰堤が流れを断ち切り、本流からの遡上をさえぎっていた。あれ? 遊歩道はどこ行ったんだ。なんだか分らないけど、このまま湯沢を遡っていけば温泉に出るだろう。温泉まではそんなに無いから適当に竿を出しながら行けばいいやと気楽に考え、広い河原を歩き出す。

 河原の広さに比べて水の量は少ない。あの砂防堰堤によって土砂が塞き止められ、河原ばかりが広くなってしまったのだろう。
 渓は落差も無く遡行は容易であった。しかし、温泉が流れ込んでいるためだろう、水の色は黒っぽいような濁った色で、とても岩魚が棲んでいそうには見えなかった。
 雨の降りだした中を30分ほど歩いたとき、上流から一組のカップルが降りてきた。「良かった、人に会えて」2人は我々に出会ってホッとした様子である。聞けば2日間渓でビバーク?していたらしいが、その間誰にも会わなかったらしい。それに来る時は違う道で来たようで、なんだかとんでもないところを降りてきたらしい。帰りはそこを通りたく無かったので、川通しで下ってきたのだろう。我々が道を教えてあげると心配も解けたようで笑顔で歩いていった。

一心不乱に竿を振るも岩魚は出ない
水の色も温泉のせいで嫌な色をしている

 カップルから得た情報では、ここから渓通しで行って温泉まで1時間程らしい。このまま行ったら随分早く着いてしまいそうである。そこで水の色は悪いが竿を出すことにした。渓はだんだんと狭まり小さな落ち込みが出てきて、渓相としては良い感じになってきた。だが、やはり思ったとおりアタリは出ない。ミミズ、ブドウ虫、捕まえたドバまで使ってみたが、アタリすらない。やはりこの水では岩魚は棲めないのだろうか。

 竿を出しながらゆっくりと進んで行くと雨も小降りになってきた。ここらで写真でも撮るかと、愛用の一眼レフを取り出しピントを合わせる。ん、なんだか変だな、AFが効かないじゃん。ふとレンズを見るとゆがんでいる。あちゃぁ、せっかく重いの我慢して担いできたのに、なんたることだ。ザックの中にきちんとしまってきたのに、変な力が掛かったのだろうか。やっぱり最近のプラスチックを多用したレンズはダメだぁ。
 魚も釣れない、写真も撮れないとは、楽しみ半減である。

 ま、まだ温泉があるし、噴泉塔の上まで行けば岩魚もいるかもしれないしと気を取り直し歩き出した。

テン場を整え、薪を切る
山では皆が力を合わせ仕事をする

 やがて1時間くらい歩くと左岸に盛り上がった砂地のテン場が見えてきた。近づくとちゃんと湯船が掘ってあり、底に溜まった泥でお湯が汚れないようにとブルーシートまで置いてある。
 これは噂どおり最高の場所である。再び降りだした雨の中、速攻でフライシートを張り、ねぐらを整えた。
 みんな早速アルコールを引っ張り出し、一杯やっている。ナベちゃんにいたってはもう温泉に浸かっているではないか。
「ナベちゃん、体泥だらけだよ。ブルーシート敷かなきゃ」
「え?このまま入っちゃダメなの」
 まったく全然気にしないというか、能天気なクマみたいなナベちゃん。協力して湯船にブルーシートを敷き、綺麗なお湯を溜める。溜まるまでしばらくかかりそうなので、噴泉塔まで釣りあがることになった。先に荻野さん、Yokoさん、だいさんが出発。ちょっと遅れて私が後を追った。ナベちゃんはもうテン場から一歩も動きたくない様子。ま、こんなことだろうと思ったけどさ。彼には酒さえあればいいのである。世の中に酒が無かったら死ぬとまで言い、酒が無かったら源流なんて来ないとも言い放つほどの酒好き。どうぞ好きなだけ呑んで下さい。

 さて、後から行きますというユウさんと根っこが生えてしまったナベちゃんを残し先行を追っかける。とにかく噴泉塔が見たいのでひたすら歩いた。
 ようやく先行3人の姿を視界に捉えたところで、左岸に立派に整備された遊歩道が見えてきた。渓は右に曲がっているから遊歩道を使えば3人に追いつくかなとそちらに足を向けた。ところがこれがとんでもない高巻きになっている。渓通して行けば平らに近いのに、数10mも登らされた。そしてピークを越して降りたところで3段の大滝が目に入った。ああ、これがガイドブックに書いてあった大滝かあ。そして、大滝の横には円錐状の噴泉塔が立っていた。思ったより小さい物なんだなぁ、というのが第一印象。
 先端には穴が開いていて、そこからコポコポとお湯が湧き出している。自然というのは実に不思議なものである。ここまで大きくなるのにいったいどれだけの年月がかかっているのであろうか。少なくとも人間の時間感覚では無いのだけは確かだろう。
 この湯沢噴泉塔は活動中のものとしては世界でただ1つらしい。

 座って休憩してると、下から3人が上がってきた。「お疲れさん!」自分たちより後に出た私が先に着いていたので、みんな怪訝な顔。
「あれが噴泉塔ですねぇ」と皆写真を撮ったり、覗き込んだり。そうこうしてるとユウさんも追いついてきた。

 さて、これからどうしましょうか。時間はまだ昼くらい。テン場に戻るには早すぎる時間である。だが、この3段大滝は直登できるのだろうか。
 ここが今日の核心部と見た私は、可憐なヘツリで足がかりの無い2段目の滑滝を登り、3段目の5m滝左岸をきわどく直登。そしてザイルをたらして後続を確保・・・すれば渓道楽と私の株は急上昇! とショボイ脳みそで考えたのだが、どうみても私の能力じゃ滑滝で滑って滝壷に転落がいいところ。ここは考え直して右岸にザイルの下がっている涸沢を登り高巻くことにした。

 鮎タイツという重装備で来てしまってお疲れのユウさんはここで引き返し、残り4人で噴泉塔より上に岩魚がいるのか調査することになった。これが今回の最後の課題だ。

 右岸のガレた涸沢に取り付き登ると直ぐに小さな尾根のピークに出た。そこからは簡単に滝上に降りることができ、早速竿を繋ぎ仕掛けを投入する。が、誰の竿にもアタリが来ない。やはり岩魚は居ないのだろうか。

 滝上はそれまでとは打って変わって、落差を見せ始め、いくつもの小滝をかけて高度を上げる。渓の両側は切り立ち、いかにも脆い岩は渓ヘと崩れ落ちている。こんな景色の渓は初めてであった。荻野さんに聞くと奥鬼怒の渓はこういうところが多いと言う。
 噴泉塔から1時間も遡っただろうか、どこまで行ってもアタリもなく、そろそろ温泉が恋しくなってきた。「ここらで戻りましょうか」誰とも無くそう言い出し、4人は駆け下りるようにテン場へと舞い戻った。

 さあ、温泉、温泉。「番頭さん、ちょっと熱いんだけど。」ナベちゃんが川からバケツで水を汲み、湯船へと流し込むと、ちょうどいい湯加減となった。「極楽、極楽」こんな素晴らしいテン場は初めてだ。まさに5つ星だろう。全員が温泉にて温まり夜の宴へとなだれこんで行った。

トマトスープを作るナベちゃん
これはホントに美味かった
河原の温泉で極楽極楽!


 翌日、一番遅く目を覚ました私は目覚めの一服とばかりにタバコに火をつけた。すでに朝風呂に入っている人、すでに雑炊を平らげている人、皆思い思い楽しんでいる。

 ゆっくりとテン場を片付け、名残惜しい温泉場を後にする。ここからは2時間もあれば車に戻れるだろう。先週の秩父に比べれば楽なものである。
 途中山仕事のオジちゃんに会い、遊歩道のことを聞く。「ここを上がれば40分で林道だぁ」と言っているが、ユウさんは「こっちはネットに出ていたガレた道ですよ、きっと。来た道帰りましょうよぉ」と言っている。だが、40分と聞いて、ナベチャンらはそちらから帰りたいみたいだ。それじゃ、ふた手に分かれて行きましょうと相成り、ユウさんと私だけが真直ぐ進むことにした。
 道はドンドンと上に登り始め、鮎タイツのユウさんは辛そうだ。自分もいつも体力自慢の人と歩いているから、ユウさんの辛さはホント良く分るよ。急ぐこともないんだし、ゆっくり行きましょうや。

 渓を真直ぐ行ったほうが絶対楽だよね、失敗したねぇなどと話していたら、「誰か居るよ」とユウさん。「あ、荻野さん達だぁ」
 なんと結局同じ道に出るというつまらない結果になってしまった。それもこっちのほうが遠回りだった様子。ってことはこの道がネットに出ていたガレのある道じゃん。ま、ここまで来てしまったんだから後戻りは出来ないとそのまま進んだ。

 しばらく行くと、思ったとおり道が崩れている。しかし、たいしたこともなく無事行きに降りてきた階段の下まできた。ここからが今日の核心部か。ゆっくりと階段を登りきり林道に出て一休み。あとはひたすら林道を歩き車に戻った。

 車止めで着替えをしていると、清々しい風が秋の気配を運んできていた。


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