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新潟県 信濃川水系


2001年9月23日

中村、伊藤、高野







Text  :高野 智
Photo :中村敏之、高野智 

 釣り人ならば、毎年必ず1回は入渓する渓が1つはあるのではないだろうか。そういった所は過去に良い思いをしたことがある渓で、また今年もと思って入渓するのであろう。
 今回入る信濃川水系の渓も、そんな渓の1つである。しかし、今までは春に行くことがほとんどで、禁漁間近になって入るのは初めてのことだ。はたして秋の渓はどんな表情を見せてくれるのだろうか。

 今回のメンバーは渓道楽一番の若手、伊藤君。彼はネットはやってないが、ナベちゃんらの繋がりから、最近はネットの仲間との釣行が増え一躍有名人となっている。もうひとりはナカナカこと中村氏。今年は源流行の回数も増え、グングンと体力をつけてきている。
 このメンバーは今年の秩父入川のときと同じであり、今回もなにかあるのではとちょっと心配。
 夜中の12時、全員を乗せたデリカは新潟に向けて出発した。関越道は3連休のためか夜中でも交通量が多めであったが、群馬県に入るころには行き交う車はまばらになっていた。

 関越を降りたところのコンビニで食料を仕入れ、目的地を目指す。デリカの気温計が表示する外気温は5℃。この時期としてはかなり冷え込んでいる。この気温が魚達にどんな影響を与えるのだろうか。空には都会では目にすることが出来ない無限の星が瞬いている。

 車止めには予想外の先行者が3人。まさか先行者がいるとは想像もしていなかったので、大幅に予定が狂ってしまう。予定では車止めからすぐの急斜面を下降して、そこから釣るつもりだったのに。しかたがないので30分ほど踏み跡をたどり、その先から竿を出すことにして先行者と話をつけ、夜明けまで仮眠する。

 気持ちよく熟睡してると、急に冷気が体を包む。なんだぁ? もっと寝てたいのにぃと眠い目をこすりながら起き上がると、ナカナカがリヤゲートを開けて「行くよぉ」と着替えはじめている。どうしたんだ、今回は。やけに張り切ってるじゃないの。

 起きるのは嫌だったけど、しかたなく外に出ると、メチャ寒! ちょっと寒すぎでないの。鮎タイツ持ってきて良かったよ、ホント。
 着替えていると東の空が明るくなってきた。身支度を終えた3人は踏み跡へと足を踏み入れた。しかし、そこには想像していたのと違う世界があった。いつもは春に来ているので、下草も生えていないのだが、今回は笹薮でまったく足元が見えない。しばらく行くとようやく踏み跡が明確になってきたが、見える景色はまったく違っていた。

 キノコを鑑賞しながら30分ほどで下降点に到着したが、あまりに春と違うのでまったく分らなかった。本流へと下る沢を水しぶきを上げながら行くと、見慣れたぶっつけの場所に出た。先日雨が降ったと聞いていたが、これはどう見ても減水気味。水温も下がり減水しているとなると厳しい条件での釣りになりそうである。

 「そこで7寸、あそこで8寸だな」などとナカナカが言っているが、どう見ても出ないだろうなぁ。
 ものは試しと、早速仕掛けを繋ぎ落ち込みにエサを投入する。が、なにごとも起きずに流れ去った。
 この渓は両岸は切り立ったV字谷ではあるが、最初は比較的落差の無い渓相が続く。しばらく歩き今年の春に落雪にあった場所についた。ここまでまったくアタリ無しである。
 流れはクネクネと蛇行を繰り返し、徐々に高度を上げていく。深く切れ込んだ渓には一向に朝日がささず、寒さは全然やわらがない。

減水気味の渓に苦戦するナカナカ

 小さな落ち込みでようやくアタリが出た。しかし、魚が小さいようでまったくハリに掛からないのである。カミサンの実家前の畑で掘ってきたミミズでは大きすぎるようだ。しばらくは何事も起こらずただただ渓を歩く。

ルアーポイントを狙う伊藤君 チビが追っては来るのだが

 ナカナカがようやく1尾目を釣り上げたのは、2時間くらいたってからだろうか。その15cmくらいの小さなイワナはプラプラとハリにぶら下がっていた。アタリがあってからしばらく待ったのに、ハリは上顎に掛かっている。夏の間、さんざん釣り人にいじめられて、警戒しているのだろうか。

 何本かの支流をやり過ごすと、比較的水量のある支流が右岸から出合ってくる。そこにナカナカが入り、私と伊藤君はゆっくりと本流を釣りあがる。
 しばらく行ったところで待っていると、「なんか、活かしビクみたいのぶら下げてますよ」と遠くにナカナカの姿を認めた伊藤君が私に話し掛ける。気になって下流を見ると、確かにぶら下げている。こりゃあ、釣れたのかと追いついたナカナカそっちのけで、ビクの中身を確認する。


支流の魚止め滝

「おお! デカイじゃん」
「尺・・・は無いかなぁ。」
「計ったら9寸くらいだよ。もう1尾は7寸くらいかな」とナカナカ。
支流に入ってすぐのところで出たようだ。
「3mくらいの魚止めらしき滝まで行ったんだけど、そこの主がこの7寸だったよ」
「やっぱ、魚はみんな上に遡っちゃってるのかね」となんだかんだと釣れない理由を探したがるのが釣り人である。

秋の渓にようやく陽がさしてきた 木漏れ日は水面を照らす

 さあ、9寸の良型にお目にかかった3人。ここから先はきっと楽園と信じて疑わない。以前納竿した小さな通らずを過ぎると、先ほどよりはアタリが増えてきて、ようやく私にもイワナが釣れた。だけど15cmくらいしかないので、速攻リリース。
 伊藤君のルアーには小さな小さなカジカ。ルアーを追ってくるのが居ない訳ではないのだが、やはり小型が多いと言う。











ようやく釣れた岩魚

 ナカナカが先行していて後ろを付いて行くと、ふと目にとまった流れに没した岩。そこでようやくキープサイズが出てホッとした。でも、やはり源流に来たからには8寸くらいのが出て欲しいと思うのは欲張りだろうか。

クマにその身を捧げる伊藤君

 その後、数尾のイワナをリリースしながら進んだが、そろそろ昼時。開けた場所の陽だまりで大休止。飯を食って一眠りする伊藤君。
 1時間も休んだだろうか、「さて、行くかぁ」と腰を上げようとすると、「僕はここで休んでますよ」と伊藤君が言う。「え、行かないの? でも、このまま行って踏み跡終点が見つかったらそっちで帰っちゃうかもよ。それにここにいてクマが出ても知らないよ。」と脅かしたら、「やっぱ、クマいますかね。いますよねきっと。」と一緒に行くことにしたようだ。活かしビクは重たいので、流れに浸して、3人は出発した。

 時間は12時半を回っている。ここまで6時間ほど遡行してきたことになるから、帰りはどう軽く見積もっても入渓点まで2時間は掛かるだろう。ということは2時には納竿して引き上げないとマジで日が暮れる。こんな寒い日にビバークなんて考えただけでも嫌になる。釣りは2時までとして、先を急ぐことにした。

 ここまで来るとさすがに日帰りの釣り人の痕跡はほとんど無い。踏み跡ははるか高いところを通っているはずで、途中からは下降できないのである。渓相はダイナミックになり、落差が出てくる。だが、先ほどよりアタリは増えているとは言っても、良型は釣れないのである。

最後の最後で良型ゲット

 なんとかキープサイズのイワナを私が1尾追加して、足早に進む3人。伊藤君一人が今日はボである。なんとか釣ってもらいたいのだが、水量の少ないこの渓ではルアーは厳しいのだろうか。時間は刻々と迫ってくる。もうそろそろ引き上げないとという時間になってしまった。すると、先行していた伊藤君が良いルアーポイントがあるという身振り。一旦下がってポジションを取りルアーを投げ込む。「来た!」喜びの叫びが木霊して、力強い8寸のイワナを手に持った伊藤君が現れた。雄イワナらしく精悍な面構えのそいつを掴んだ伊藤君の笑顔が輝いている。

「さあ、じゃ帰ろうか」誰彼とも無く言い出し、赤とんぼの乱舞する渓を駆け下る。
活かしビクを回収し、釣り道具はザックに仕舞い込み、足早に岩から岩へとテンポ良く下る。だが、寝不足に加えて7時間以上の遡行。そんなに体力が続く訳が無い。足がもつれて転倒者続出だ。全車サスペンショントラブルを抱えている模様。そのたびにトップが入れ替わり、なんとか入渓点まで2時間で辿り着いた。





秋の渓の象徴 赤とんぼ
秋の渓は彼らの楽園
霞一つ無い抜けるような青空
吹き抜ける風は秋の色合いだった

逆光に煌めくすすき

 へたり込む3人の体に赤とんぼが無数にとまる。
「今年も終わりましたねぇ」伊藤君が感慨深げにつぶやいた。







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