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2001年12月29日〜31日

渡辺健三、伊藤智博、中村敏之







Text&Photo:伊藤 智博

誰にでも学生時代の思い出があるだろう。私の場合は、なんといっても山梨県での一人暮らしである。甲府の隣町である竜王町にアパートを借り、初めての自炊生活など毎日が刺激的であった。勉強は留年しない程度で済まし、毎日のように釣りに温泉にと遊びほうけていた。とくに、早川町の町営温泉VILLA雨畑がお気に入りで、一人でよく通ったものだ。社会人となり友人や渓道楽での例会釣行などで数々の有名温泉に行く事となったが、やはり私にとっての温泉は、思い出の多いVILLA雨畑である。

そして今回、23日で「癒しの温泉旅行」と題し、渓道楽の副会長と中村さん、そして私の3人で、数年ぶりにVILLA雨畑へ訪れる事ととなった。

初日、フリークライミングをして以来の顔合わせとなり、車中での会話が弾んだ。とにかく「癒し」が目的である為、観光計画など1つも無く、温泉に入り地酒を飲みゴロゴロと1日を過ごせれば良い訳である。当然、時間についても全く気にすることなく、一般道での往路となった。中村さんよりのお勧めのコースとして奥多摩湖〜柳沢峠越えで、塩山にぬけるのんびりコースである。のんびりし過ぎたか、峠沿いの食堂で昼食をとろうと駐車した際、縁石にバンパーをぶつけるというアクシデント、それまでの食欲が無くなり、とりあえず飲んだオロラミンCの味がいつもと違うほどショックだった。しばらく沈黙がつづき、副会長が私に声をかけるが、空返事のみ、とにかく「ガツン」というぶつけた瞬間が頭の中でリアルに再現され続けた。

 なんとか、踏ん切りをつけ塩山の街並みに入る。山梨の地酒を楽しみにしていたので

地酒屋に直行すると、能天気な性格の為か先ほどのアクシデントもすっかり忘れ、真剣に選び1本購入した。甲府市内に入ると見慣れた町並みになった。特に学生時代に通った竜王町のバイパス食堂は、いつまでも営業していてほしいと思う。甲府を抜けしばらく走り増穂町に入る。なぜか山梨県のコンビニはデーリーヤマザキが多い。なぜだろう?後部座席で子供の様に眠り続けいていた副会長が騒ぎだす。「酒蔵だー!今そこに確かにあった!」懐かしいと思う程度に詳しいこの道に、酒蔵が在っただろうか?とりあえず引き返すと確かに在った。春鶯囀(しゅんのうてん)の醸造元だ。昭和初期に与謝野晶子夫婦が清遊の折に宿泊され、その際よまれた歌よりこの名が付いたという。なかなか趣きのあるかまえで歴史的品々(書画、書籍、民具等々)の展示品などセンスの良さがうかがえた。それ以上の驚きは、そこに勤める美しく品のある女性であった。とにかく品があり、先ほどまでギャーギャー騒いでいた3人だが、話しかけられると少し恥ずかしく照れてしまうほど美しい女性である。酒の説明をして頂いたが、美しさに見惚れるてよく覚えていない。私は運転で試飲が出来ない為、その女性お薦の「季節限定品の生酒」を購入した、価格は一升2千円くらいだった。高価な酒を薦めることなく、季節限定で低価格の酒を薦めるところからも、人柄そして萬屋醸造店(春鶯囀)の質の高さがうかがえた。

 しばらく走り早川町に入る。秋には燃えるような紅葉を見せる山には薄雪がかかり、時よりの風で粉雪が舞う、癒しの舞台にふさわしく山間の町全体が静けさに包まれている。目的地であるVILLA雨畑にあと少しの山道で、大きな籠を担いだ老婆がいた。何処まで行くのかひたすら歩く。おそらく何十年もこの道を行き来しているのであろう。私達の車が近づくと立ち止まりこちらを見つめる。私達3人も意味も無くその老婆を見つめ通りすぎる。「日本列島ダーツの旅」ならこの老婆に声を掛けるだろうな、とくだらない事を考えるが他の2人が早川町の情景に癒され始めているようなので静かにハンドルを握る。

 雨畑湖沿いに走り、16時にVILLA雨畑に到着。1983年に閉校した小中学校の敷地を利用した施設で、中に入ると昔ながらの囲炉裏があり暖かさを感じる。早々に手続きを済ませ温泉に入る。木造の建物で石造の浴槽は、木の香りが漂いとても落ち着く。脱衣所にあるストーブなど、学生の頃そのままでものすごく懐かしかった。ゆっくりとした時間のなか、宴会が始まった。今までに行った釣行などを話しながら飲む地酒は格別で、飲みすぎたせいか布団に入った記憶が無い、喉の渇きで夜中に目を覚ました。

 二日目、遅めの朝食をおいしく頂き温泉に入る。宿泊客は数組という事もあり、昨日に引き続き温泉は貸切状態である。朝日が差す湯煙のなか入る温泉は、身体共に癒されるのがわかる。部屋に戻りビールを飲み終え布団にもぐると、副会長は静かに小説を読み、中村さんと私は、この時のために読まずに持参した数冊の週間マンガを読み始めた。全てのものから干渉を受けない時間が夕方まで続いた。

 最終日、精算を済ませ外に出ると門松が備え付けられており、正月を迎える準備が進められていた。目の前にある雨畑湖に足を運び、湖の中央に架かる100メートル以上の距離はあるであろう吊橋を渡り始めたが、強風でセルフビレーを取りたくなるほど上下に揺れるため3人とも途中で引き返した。山間の静かなこの湖では、毎年8月15日に雨畑湖上祭が盛大に行われるという、一度訪れてみたいものだ。

帰り道、早川町より富士五湖に向かう、本栖湖の「逆さ富士」で記念撮影と決まり現地に着く。すると、沢山の三脚が撮影ポイントに置かれており、数人のいかにもという人達が高価な一眼レフカメラを抱えていた。どの世界も奥が深いものなのだなとひとりで関心し、三脚のすき間でとりあえず1枚撮る。そして3人で思い思いの願いを富士山に懸け家路に向かった。


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