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憧憬の渓 後編 (新潟県 朝日連峰 三面川支流岩井又沢)

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 雪渓

 そこから少し行くと渓にモヤが掛かってきた。これは雪渓があるなと思っていたら、やはり渓をふさぐスノーブリッジが出現した。まだ崩れそうもなかったが、曽野部さんの体験では目の前で雪渓が落ちるところを見たことがあるという。そういうのを聞くと厚みがあるから安心などとは絶対言えない。
 取りあえず雪渓の前のポイントに竿を出す。小さめの岩魚が釣れた後、私が対岸におちる小滝の下をとりあえず探っとこうとエサを落とすと、エサが沈んだと同時に動かなくなった。「あれ、根がかりか?」でもなんかピンとくるものがあったので、アワセをくれる。すると竿がしなって動かない。「やっぱ根がかりかな」とさらに力を込めるとグググという手ごたえあり。こりゃデカイぞと竿を操作して岸にずり上げる。「おお、デカイ!」とみんなが言う。「曽野部さん、メジャー、メジャー」と計ってもらうと34cm。これは久々の大物だ。ヒレも大きな美しい源流の岩魚だ。こういう美しい岩魚を育むことができる渓は必ずブナに囲まれた豊かな所である。水量も多くエサも豊富な渓でなければ、大きく育てない。今度のは先ほどのと違って文句無く尺上である。鉤を外してやるとゆっくりと深みにもどっていった。

34cm
迫力の魚体は後ろの小滝に潜んでいた


 スノーブリッジを越えてF4も越えて行くと、見事なスラブが見えてきた。渓は左に大きく曲がっていて先は見えないが、モヤが掛かっているところをみるとまたスノーブリッジがあるのだろう。時間はすでに3時、今日は時間切れである。岩井又の最後の岩魚はなんと立ちこんでいる自分の足元で掛かった。対岸に渡渉しようと仕掛けを引きずりながら歩いていて、さあ釣るかと竿を構えたら釣れていた。驚くほどスレていない源流岩魚たち。今回もとても楽しませてもらい感謝している。
 釣れすぎて遡行スピードが上がらず、残念ながらF5を越えることができなかった。川上さんは楽しみにしていた魚止めまでいけずに、残念がっている。「みんな粘りすぎだぞ。一回流せば十分なんだから。」

F4 雨が降ったり止んだりの不安定な天気
力をあわせれば突破できないところは無い
3枚におろし、岩魚寿司を作る
骨は後で骨せんべい 捨てるところは全く無い

昼飯は渓流そうめんと岩魚寿司
寿司を握る川上さん

口の中に岩魚の甘みが広がる
来たものだけが味わえる幸せ


 さあ、それじゃテン場に戻って宴会だ。皆のペースはとても速く、またまた置き去りにされる私。1時間半くらいでF3まで戻ってきた。「ここは泳いでいくぞ。高野、お前が一番手だ。」と言われてしまうが、泳ぎが苦手な私としてはとっても不安。「どうやって行けばいいんですか。」と聞くと、「向こうの筋に飛び込めばいいんだよ。」という返事。「う〜ん、大丈夫かなぁ。」と思いつつ、意を決して飛び込んだ。まあ流れ下るんだからラッコ泳ぎでいいやと軽く考えていたのが失敗だった。確かに途中までは流れに押されて快適だったが、なんと筋から外れて、まったくのトロ場に入ってしまい全然進まないではないか。「マジかよ。」とかなりあせりながら下を見るのだが、どうみてもこの水の色は足が付きそうも無い。平泳ぎに切り替え手足を一生懸命動かしても進まないのである。こういうときは背泳ぎしかないぜと、小さなディパックに身を任せてなんとか泳ぎきった。あぁ、もうヘトヘトである。やっぱり泳ぎは嫌じゃぁ!

 テン場に戻ってまずは乾杯。焚き火を起そうとするも、先ほど降った雨のせいで火の点きが悪い。火が点かないと楽しい宴会ができない。助けてドラえもん! 「暴風発生器ぃぃ」じゃなくって曽野部さんが取り出したのは「送風機」。「んなもん持ってくんなョ」と言う川上さんだが、なんだか楽しそうに見ていた。送風機の威力は絶大で、クルクルとハンドルを回すとあっという間に炎が燃え上がった。

 今晩も岩井又のテン場は素晴らしい料理のオンパレード。次から次へと出てきてカエルの腹のようになる5人。それでも料理は止まらない。残った食材は持ち帰らなければならないので、みんな必死である。
 テン場での宴会は11時近くまで続き、降りだした雨によってようやくお開きとなった。

 帰還

 たっぷりと遊んだ岩井又沢も今日で最後。10時半にテン場を撤収し、ひたすら歩いてF1まで戻ってきた。「F1はみんなで泳いで下るぞ。」と川上さん。え、F1って人が死んでるようなとこでしょ? そこを泳ぐだなんて・・・。「大丈夫だって。テラスになってるから渦巻きの向こうの流れに飛び込めば、楽に行けるから。F1巻きたくないだろ?」そりゃ巻くのは嫌なんだけど・・・。で川上さんはさっさと偵察に行き、凄いところを登って向こう側に降りたようなのだが、左岸で見ている曽野部さんと大ちゃんが不安そうに見守っている。私と小林さんは右岸側で待機していたので見えないのだが、左岸からは川上さんの様子が見えるらしい。しかし、いつまでたっても何も指示が無い。どうなってるんだろうか。そのうち大ちゃんがザックを降ろし、ザイルを取り出しているではないか。なんかヤバイことになってるのか。大ちゃんがこっちにきたので聞いてみると、川上さんが動けなくなっているようだ。大ちゃんはザイルを持って岩壁をスルスルと登り、向こう側に消えていった。凄いぞ大ちゃん、さすが黒部の男だ!

滑ったらただではすまない急斜面
潅木を頼りに下降する
素晴らしき渓に未練が残る
帰りにもF2に竿を出す曽野部さん
川上さんにザイルを出す大ちゃん
黒部を庭とする頼れる男
川上さん極限のヘツリ
私にはとても真似できない

飛び込み準備
狙いを定めて・・・
ドッボーン! プカプカ〜


 そのうち曽野部さんが対岸で何か行っている。どうやら私たち3人は巻けということらしい。川上さんと大ちゃんはほんとに泳いで突破するようだ。

 まだまだ死にたくはないので、またまた嫌らしいズルズル斜面を登って潅木を頼りにF1の下に出る。登りはまだいいが、降りるときは必死である。足場はズルズルと滑るし、足元はよく見えない。潅木を掴む手にはもう握力がなくなってしまった。


つかの間、優しい顔を見せる岩井又
いつか再び訪れたい
相棒


 結局車止めに着いたのは5時だった。まずはクーラーボックスに冷やしてあったご帰還ビールで乾杯! テン場から6時間半掛かったことになる。もう最後はヘトヘトだったのは言うまでも無い。

 濡れた服を着替え、小国まで出て晩飯を食べる。ここで富山に帰る大ちゃんとはお別れである。再開を約束して車は右と左に分かれて走り出した。

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