HOMEBACK
福島県奥只見 袖沢支流 ミノコクリ沢

2003.05.30〜31

川上顧問、小林さん、高野











Text & Photo   :高野 智

 「もしもし、カーカミさん。実は仕事で行けなくなっちゃいそうなんです。」
 「ふ〜ん、そう。残念だな。」(じゃ俺たちは思う存分楽しんでくるからねぇ〜といった感じの返事・・・(^_^;)

 よりにもよって源流釣行の週に、こんな面倒な仕事入らなくてもいいじゃんよ。2日くらいで片付くかと思ったら、いいかげんな外注仕事のせいで、木曜になってもまだ目処が立たないぞ。

 「このままじゃ来週の本稼動に間に合わないから、今週中に片付けるしかないな。」と部長が言った。(今週中って、俺は明日は代休で渓へ行くんだぞ。おいおい冗談じゃないぞ、それじゃ袖沢行けないじゃんよ)
 その話が出た後は地獄に突き落とされたような気分。昼飯も食べる気力が無くなっていた。

 しかし、これでめげるような俺では無い。本社で原因を調べまくり、見当つけるとすぐさま現地へ向かい、何とか自分の責任内のテストまでは終わらせた。人間やれば出来るじゃん(笑) 釣りのためなら普段の数倍は集中力が出るもんなんだなぁ。
 あとは担当に引き継いで頑張ってもらうしかないってことでバトンタッチ。まあ渓に行っちゃえば携帯も繋がらないし、今すぐ出てきてくれと言われることもないしね。
 この後、早速カーカミさんに電話したのは言うまでもない。
 家に着いてからじゃスーパーは閉まってるし、ここで買出ししてくしかないなと戸田公園の駅にあるサミットで食材などを買い、スーパーのポリ袋をぶら下げて埼京線の人となった。

 さて、今回は日本を代表する源流釣りのクラブ、「根がかり倶楽部」の会長であり渓道楽の顧問でもある川上さんと、その弟子小林さん、そして自分の3名。
 小林さんとは去年の岩井又以来である。またまたメンバーの中ではもっとも体力のない自分であるが、今回もなんとかなるでしょう。

 シルバーラインの長いトンネルを抜けると、秘境に作られた奥只見湖に出る。暗闇をヘッドライトを頼りに駐車場まで走り、隅のほうに車を停めた。
 ドアを開けて外に出ると山の冷気が流れ込んできて、ぶるっと身震いする。空には天の川の無限の星が瞬き、流れ星が星屑の間を長い尾を引き横切っていく。

 ここ奥只見湖は奥只見ダムの完成によって作られた人造湖で、完成は1960年。シルバーラインはこのダムの工事用道路として作られた。ダムが出来る前の水没地の字名は銀山平といって、明暦年間には銀を産出していたようである。そのため、銀山湖という別名も持っている。ダム湖ができた今では大イワナやサクラマスで有名なのは、皆さんもご存知のとおりである。

 駐車場にはすでに1台の車が停まっていた。おそらく釣りだろうが、我々の目的地まで行くような酔狂な釣り人は滅多にいないだろうから、とりあえず夜明けまで仮眠することにした。

丸山山荘前の駐車場にてパッキングをする
朝の冷気に身も心も引き締まる
夜明けの空に飛行機雲の名残がたなびいていた
今日は良い天気になりそうだ

 東の空がすっかり明るくなるころに目を覚まし、寒い駐車場で着替えを済ませる。いつもながらの重たいザックをヨッコラショと担ぎ、ウエストのベルトをガッチリと締めた。さあ、これから数時間の林道歩きが待っている。また例によってヘロヘ
ロになるんだろうな。

 じっとしていると寒いくらいの気温だが、歩いていると汗もかかず、じつに気持ちがいい。山はまさに芽吹きの季節。山全体が萌黄色に染まり、すべての生命が躍動している。
 林道では早速カモシカが出迎えてくれた。カメラを取り出そうとしたのだが、一瞬で身を翻し、新緑の森の中へと姿を消していった。

朝日に煌く袖沢本流


 今回の目的地は袖沢に左岸から出合うミノコクリ沢。そこまではカーカミさん時間で4時間。とすると大体6時間の歩きだろうと見当をつけた。カーカミさんの歩く速度はそれほど速いのである。下手をすると倍の時間がかかることもざらだった。
しかし、6時間の林道歩きは飽きるだろうなぁ。急登がないのは歓迎だが、ダラダラと歩くのも辛いものだ。
それでも我々3人はスタスタと快適に歩き続けた。やがて林道を覆う巨大な雪渓が現れ始め、その上を越えていかなければ先へは進めなくなってしまった。
 雪渓はそのまま渓の流れへと姿を消している。つまり足を滑らせると流れまでスリリングな大滑降が楽しめる訳だ。上に土が乗っているような雪渓はまだいい。土が太陽の熱を受け止めて、雪をとかしてくれる。そうすると雪渓の斜面にデコボコが出来て、それを足場にして越えることが出来るのだ。だが、そうでない雪渓はとても恐ろしかった。斜めの雪面はウェーディングシューズのフェルトでは歯が立たない。もちろん滑り止めの簡易アイゼンは用意してきたのだが、下には雪代がゴウゴウ渦巻き流れる袖沢本流が待ち構えているのだ。しかし、恐る恐る慎重に越えていくしか道はないのである。

ヤマブキショウマ アカコゴミ シオデ
林道から覗く袖沢本流
雪代が逆巻いていた
シャク
渓は新緑に包まれる 林道のトンネル
かろうじて抜けることができた
いたるところに雪渓が残る
5月末でようやく奥まで入れるようになる
奥只見
雪渓で完全に塞がれた林道
足を滑らせれば雪代の袖沢本流に飲み込まれる
袖沢本流ですら
雪渓で埋まっているところもあった


 そんな思いを何度しただろうか。4時間ほど歩いたところで、ようやくミノコクリ沢の出合いへと到着した。今日のテン場はミノコクリの林道終点。そこにある取水堰だ。ここからはまだまだ歩かなければならないようであった。
 朝のすがすがしい空気はどこへやら、すっかり日の昇った今となっては、夏のような光が満ち溢れ、俺の頭上にも容赦なく降り注いだ。帽子もかぶらず歩き続けていると、どんどん体力を消耗して、最後には日射病になったようにフラフラになってしまった。たまにある日陰で休み休みしながら、「あと少しだ」「もう20分も歩けばテン場だぞ」というカーカミさんの声を聞きながら、ゆっくりと歩き続ける。
 時計の針が11時を回ったころ、ようやくミノコクリ沢の取水堰が姿を現した。結局予想通り6時間掛かったことになる。ようやく重たいザックを下ろし、小休止した後、タープを張ってテン場をこしらえた。

テン場はまだか 雪渓の脇にこしらえたテン場


 ミノコクリ沢は袖沢に注ぐ大きな支流で、その流れを遡っていくと標高2060mの中門岳へと突き上げる。支流といってもその水量はとても多く、とくに雪代の流れるこの時期では茶色く濁った怒涛の流れとなり、とても釣り上ることなど出来そうもなかった。
 それでもせっかく来たのだからと、カーカミさんの指示で降りやすいところを見つけ、初めてミノコクリの冷たい流れの傍らに立つ。この暑さで持ってきたドバは全滅していて、ブドウ虫しかエサがないのが厳しいところだ。濁った渓では小さな虫よりも大きくて良く目立ち、匂いのするドバが絶対のエサとなるはずだったのに・・・。

 目の前のミノコクリ沢の茶色く濁った流れに圧倒されながらも、ブドウ虫を付けた仕掛けを流れに出来た弛みへと放り込んだ。ゆっくりと流れになじんだ仕掛けがふっと止まり、アタリらしき反応が返ってくる。じわりと竿先を上げて聞いてみるとクククッというイワナの手ごたえが伝わってきた。アワセをくれて抜きあげると、雪代に磨かれたミノコクリのイワナが宙を舞った。
 第一投目から釣れてくるとは幸先が良いなと一人微笑み、かたわらの雪渓のカケラとともにタマネギ袋に収めた。

どうにか渓に降りてミノコクリ沢に竿を出す

 底の見えない濁流では対岸に渡るのもままならず、ずっと左岸側を釣っていく。同じような弛みへとエサを入れるのだが、ミノコクリのイワナはそれきり沈黙したままだった。
 ものの100mも行かないうちにヘツることもできない崖となったので、斜面を這い上がり林道へと戻る。テン場への道すがらウドやコゴミなどの春の恵みをポリ袋に収めながら歩いた。
 山には陽光が降り注ぎ、萌えるように輝く新緑が生命の躍動を伝えてくれる。そしてその萌黄色の所々に残る雪渓とのコントラストは素晴らしい被写体だ。今が一年中でもっとも山が美しい季節だと俺は思う。この日本という四季のある土地に生まれ育つことができたことを感謝したい。
 そして今夜のおかずはイワナと山菜。カラリと揚がったテンプラを想像しただけでも涎が出てくる。これも日本人に生まれたおかげで味わうことができる繊細な味だ。

 カーカミさんは酒を片手に上機嫌。焚き火を囲み、渓の話に花が咲く。

今日も焚き火に火がついた
これも源流の楽しみの一つ


 夜になると雪渓を渡ってくる風は身を切るように冷たく、焚き火のそばを離れられない。渓の流れをBGMに焚き火の炎を見つめながらの夜。こんな幸せなことはない。ここにいると仕事も家庭も全てのしがらみを忘れ、のんびりと過ごすことができる。ただ、気がかりなことが一つあった。気の早い台風4号が日本に向かって来ているのである。昼間はとてもそんな気配も無いような好天だったが、夕方から風が出てきていたので心配であった。明日は雨だろうか。
 カーカミさんの判断で下山日を1日早めて明日帰ることにした。どうせ昼には雪代が入り、釣りどころではなくなってしまうのだから釣りは午前中だけとした。
 明日はミノコクリの取水堰から上を釣ることにして、20時過ぎには寝袋に潜り込んだ。

 夜の冷え込みと冷たい風で眠れるか心配であったが、重ね着とホカロンのおかげで朝まで熟睡した。目が覚めるとすぐに空を見上げる。雨こそ降ってはいないが、今にも降り出しそうな低い雲が速い速度で流れていた。

 「朝はパンか、ラーメンか、どっちがいい」とカーカミさんに聞かれ、「パン!」と即答する。カーカミさんの作るサンドイッチは美味いんだ。まずフライパンでパンを軽く焼いて、それにハム、チーズ、さらにウドのスライスを挟む。これで出来上がり。とっても簡単だけどとっても美味い。皆さんもお試しあれ。

早朝のミノコクリ沢
流れはまだ穏やかだ

 腹ごしらえも済ませた3人は取水堰からミノコクリ沢へと足を踏み入れた。昨日の濁流の雪代はどこへやら、澄んだ清らかな流れとなり出迎えてくれた。とはいっても水量は多めで流れに入ると身を切るような冷たさである。その流れを渡渉しながら上流へと釣りあがる。
 まずは小林さんの竿にイワナが踊った。小林さんはポンポンと良型イワナを釣り上げプレッシャーをかけてくる。ところが自分の竿には一向にアタリが無い。ミノコクリに竿を出しているのは今期は我々が最初かもしれないのに、渓の女神は微笑んでくれないようだ。
 しかし、いくつかのポイントを探って行くと、ようやくイワナが釣れだした。それからはポンポンと釣れるようになったが、8寸くらいの型が多い。せっかくここまで来たのだから尺は釣れてほしいなと思っていると、小林さんがデカイのをバラシという。
 仕掛けが切れてしまったので、そこを譲ってもらいカーカミさんの指示で同じポイントに振り込んだ。すぐさまクンクンというアタリが来た。ここはバラす訳には行かないぞと、しっくりと待ってガツンとアワセをくれる。一気に抜き上げると冷たい流れから飛び出してきたのは6寸ほどの可愛いイワナ。これには思わず苦笑い。
 どーもカーカミさんの前だと小さいのが釣れてしまうようだ。八久和のときもそうだった。いかにもという大場所で上がってきたのは木っ端イワナで、「こんな小さいのを八久和で釣ったのは、お前が初めてだ」なんて言われたっけ。

 やがて雪渓が覆いかぶさり渓が埋まり始めるころ、ヘチにできた弛みにエサを投入するとグングンという重い手ごたえが来た。ヨシヨシ、やっと来たぜ、今度は木っ端じゃないぞと一気に抜き上げた。渓を覆う雪渓に横たわったのは、綺麗な尺イワナであった。まだエサが少ないのか頭ばかりが大きく、体はほっそりとしている。しかし、その魚体は美しくもあり逞しくもあり、まさに源流イワナそのものである。
 これからエサをたらふく食べ、夏にはもっと大きくなることだろう。再び出会うことを夢見て流れにそっとリリースすると、ゆっくりと深みに消えていった。

ミノコクリを釣る小林さん 釣りなんかぜずに山菜取りに精を出すカーカミさん
ミノコクリの尺岩魚
痩せて頭だけが大きく、写真で見ると尺物には見えない


 取水堰より3時間くらい釣りあがってきたが、この先は雪渓に埋もれた区間が多くなり、竿も出しづらくなってきた。時間も9時半となりカーカミさんの号令でテン場へと急いだ。

 幸いまだ雨はパラパラとくる程度で、なんとか持ちそうである。すばやくテン場を片付け、林道をテクテクと歩き出した。
いつもならひたすら歩いて帰るだけなのだが、今日はちょっと違う。そう山菜がウジャウジャなのだ。林道沿いにはフキノトウ、ウド、コゴミ、ヨブスマソウ、コシアブラとありとあらゆる山菜が生えている。これを見逃したら源流マンの恥である。(ホントかよ)

美味そうなウドがそこいらじゅうに生えている 極上のウドを手に入れ笑顔がこぼれる

 目に付く山菜をどんどんポリ袋に詰め込み、ザックがどんどん重くなる。この辺で止せばいいのにと思うのだが、美味そうなウドが目に入ったりすると、しゃがみ込んで採ってしまう。人間とはなんと欲深い生き物なのだろうか(笑)
 カーカミさんも「もう重くて担げない。もう止めよう」と言いながらも、ちょっと行くとしゃがみ込んでいる。3人のザックは見る見る成長して、往きよりも間違いなく重くなってしまった。
 これが最後にはボディーブローのように効いてきて、またまた車に着くころにはヘロヘロ状態になってしまったのであった。

 さあこれからの季節は源流シーズンだ。今年は何本の渓へ行けるだろうか。
 「カーカミさんと行く源流ほど楽しいものはない。またカーカミさんと行く源流ほど厳しいものはない。」
 次もカーカミさんと行く岩井又だ。今からとっても楽しみである。


 HOMEBACK