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新潟県 朝日連峰 三面川

2003.07.04〜06

川上顧問、篠原、横倉、川久保、中村(渓道楽)
下田香津矢、新発田悟(全日本暇人協会)






Text&Photo:川久保秀幸

【釣行はこうして始まった】
渓道楽に入会して、はや3年経った。本格的な源流行いわゆる「山釣り」は、数えるほどしか行っていない。だから、ハッキリ言って私はまだ「ひよっ子」である。昨年の忘年会で「わしの行くところには、いつも大物が釣れるぞ。一緒に行こうよ」という、川上健次さん(渓道楽顧問で源流界の大御所)の魅惑に満ちた言葉を片時も忘れずにいた私は、酒の上の話とは言え約束は約束と、こちらから「押しかけ女房」みたいにお願いして、隊列のしんがりに入れていただいたのが今回の釣行であった。それだけでも幸運なのに思いもかけず、渓流ルポライターとして著名な下田香津矢さん(全日本暇人協会代表)も参加されると聞いて、ますますうれしくなった。渓流界の大御所二人のお供をするわけだから、喜び勇んで出かけたのは言うまでもない。

さて、今回の釣行は大御所二人の他に、全日本暇人協会から新発田さん(山行歴20年とか)、そして、我が渓道楽から、ナカさん、シノさん、ヨコさん、私の総勢7人パーティで決行された。時は梅雨真っ最中の7月上旬。

【雨の中を黙々と走る】
3日の深更、木の香りがまだプーンと臭う川上顧問の邸宅でしばし打ち合わせ後、二台の車に分乗して三面川のダムサイドにある車止め目指し、ひたすら走った。外は相変わらず冷たい雨が降っている。前日から7月に似つかわしくないほど肌寒い日が続いていた折りだったので、メンバー一同はテンションが上がらないことおびただしい。6時頃に到着しても雨脚が強くなっていくばかりで、みんな車内でぐずぐずしている。ようやく雨が小やみになったのを見計らって、源流装束に身を固め8時に出発。久しぶりに担ぐザックの重いこと。長い歩きに耐えられるかと不安が一瞬よぎるが、日頃からトレーニングしてきた我が身を信じて、気合いを入れた。

出撃準備

【平四朗沢の吊り橋を渡り三面小屋へ】
当初の予定では「岩井又」のはずだったが、平四朗沢吊り橋の手前のところで岩井又出合いを偵察したところ、増水でしかも深さが目測できないほど濁っていて、そのままでは渡渉するのは危険と、川上顧問と下田さんの「頂上会議」の結果、「三面川本流」に変更されたのである。泊まりは当然「三面避難小屋」であったが、雨が相変わらず降ったりやんだりというイヤな天気が続いていたから、小屋泊まりは本当に有り難かった。

【増水の三面川本流】
「三面川本流」は渓流雑誌に散々紹介されているから、ここで取り立てて書くことはあまりないが、「増水期の三面川本流」だからこそ、今までの雑誌では紹介されない、得難い経験をしたということを書いてみたいと思う。増水した三面川本流の遡行は、入渓した時点で容易ではないと覚悟していたが、実際それほど困難を極めるとは思いも寄らなかった。一言でいうと、スリリングでエキサイティングだった。

岩井又出合近くの看板 雨の中の小休憩 初日早々出来上がっている二人

【本流の冷水に震え上がる】
今回の釣行のハイライトは二日目である。竹の沢出合いまで行けるところまで行こうと川上顧問の号令で、全員一団となって本流攻略に参戦することにした。
小屋からゼンマイ道というのか、ハッキリした踏み跡をトレースしながら、2時間半ほどで急な斜面をザイルで懸垂下降して川床に降りた。平水時ならエメラルドグリーンの沢と評される三面川本流は、この日は灰色に濁って人を容易に寄せ付けないほど冷たい色をしている。恐る恐る水中に腰まで入れたとたん金玉がキーンとなって、一分もいると皮膚の感覚がなくなってしまうほどの冷たさであった。冷たいから早めに岩場に上がろうと懸命になるが、上がったら上がったでブルブル。どんよりした天気で気温も大して上がってないから、余計に寒いのである。そんなとき切実に思った。「もっと、光を!」。太陽を浴びていれば気持ちの上では助かるが、それもかなわないからガタガタ鳴る奥歯を噛みしめながら、先を行くしかなかった。

【源流の釣り流儀】
その調子で本流の所々を拾い釣りしながら遡行するので、遅々として先へ進まない。私なんて本流釣りの癖で「粘り釣り」していると、川上顧問から、「無駄だからさっさと仕舞って、先へ行け!」とどやされる。1,2投しただけですぐに竿を仕舞ってシャブシャブと渡渉しないと、みんなに置いて行かれてしまう。聞こえない私がしんがりにいるというのはいろいろな意味で危険で、パーティの隊列の中にいないと安心できない。だから、先を急いだ。「山釣幽玄、渓魚有情」(瀬畑雄三翁の揮毫文)の境地にほど遠い釣り方に、我ながら苦笑いする。

【三面川本流のイワナ】
肝心の釣果はこの流域では、中型のイワナ4尾が釣れただけだが、一番惜しかったのはナカさんであった。一同注視のなか、目測で尺を超えているとわかる大物をせっかく鉤にかけたにも関わらず、糸一本でぶら下げて横へ移動中に魚が暴れてプッツン!これには、一同「あー」とため息をついた。昭和40年代に本に紹介してからというもの、釣り人ラッシュが続いて大型は見る影もなくなったというが、どっこい、まだ健在のようでうれしく思う。

【高巻きに次ぐ高巻き】
遡行不能の箇所に差し掛かれば「高巻き」となるが、それが非常に難物であった。ここらあたりの本流は竹の沢出合いまで絶壁が続いて、容易に上へ上れないと川上顧問は言う。しようがないからへつれるところはへつり、駄目なら泳ぎで渡ったりして懸命に遡行を続けたが、オーバーハング状の壁際を白濁した急流がぶっつけている箇所で進退窮まってしまった。たった一つの脱出口を、川上顧問の「極限のへつり」と新発田さんの絶妙なザイルワーク(7ミリのロープ20メートルを使って)でようやく上へ上れたが、80度の泥壁15メートルをよじ登るのは、傍から見ると際どかった。この先々もご両人には随分と助けられたが、特に顧問の「極限のへつり」は何度見せられても、その名人芸には感嘆する。だが、何よりも私たちが下田さん主催の全日本暇人協会の「岩場トレーニング」に参加して、ザイルワークをみっちり学習したのが大きく役たったと感謝しなければなるまい。

【急流を泳ぐ】
やっと高巻いてやれやれと思ったら、左岸に渡らなければ遡行できない箇所に、またしてもぶっつかってしまった。川幅は7〜8mと大したことないが、問題は押しのある流れである。それを、川上顧問は水勢を利用して全員ザイル無しで、斜め方向へ泳ぎ切れという。川上顧問が早速お手本を示すが、シャブッポーンと全身を水中に没してからポコッと浮上する様は、「秀渓回帰」という本で高木某が顧問を称して言った「トド殿」という名に恥じない見事な泳ぎであった。
と、聞こえは良いが、要するに重いのである。それにしても、口笛混じりでへつる事と言い、うれしそうな顔して泳ぐ事と言い、今回の釣行で一番心底から楽しんでいるのは、川上顧問ではないかと思う。何しろ、皮下脂肪の厚さが違いすぎる。ぐずぐずしていると、新発田さんが「シュリンゲつけてやろうか」と。何を隠そう、木曽川の水で産湯をつかった身。鵜飼いの鵜じゃあるまいし、馬鹿にされては沽券に関わると思いっきり飛び込んだら、昔とった杵柄で思わずクロールが出た。久しぶりの感触だったが、楽しかった。

【仙人との遭遇】
竹の沢出合いまでもう少しというところで、前方の岩場に釣り糸を垂れている人影を発見。こんな最深部に先行者がいるとは驚いたが、あっちの方も私たちの姿を見てギョッとしたようだ。下田さんが声をかけると、向こうから「泳ぎはだめだ。登っていく」という意味のハンドサインを返してきた。おっ!素人には区別がつかないが、そのサインは紛れもなく「手話」であったから、私と同類!と思い、下田さんを押しのけてコンタクトを懸命に取ろうとしたが、向こうはそそくさと帰り支度して、背後の急斜面をあっという間に登ってしまって、万事休す。
他のメンバーがお互い狐につままれた顔して「あれが噂の仙人?」とささやき合っている脇を、堅く「聴覚障害者」と信じている私だけが、一抹の寂しさを持って呆然と立ち尽くすばかりであった。

【藪こぎしながら帰るも】
仙人と遭遇した地点でタイムリミット。時間は3時をすぎているので、仙人が逃げた斜面を脱出口にして、小屋へ戻ることにした。斜面の踏み跡を何度もトレースし損なう度に、川上顧問の獣じみた嗅覚(?)で修正しつつ快調に進むが、途中藪こぎを強いられて難渋すること再三であった。そうやって、6時過ぎに気息奄々と言う体で小屋に到着した。ところが途中遅れだした下田さんと新発田さんとヨコさんの3人が、いつまで経っても戻ってこない。
今夜小屋に泊まりに来た他のパーティから、有名人の川上顧問が下にも置かぬもてなしを受けているのを尻目に、私たち3人は「遅いな」とつぶやきながら飯をかっこんだが、8時、9時と時を刻むたびに「遭難」の文字が浮かんで、不安感が増大する。これはただ事ではない。なのに、川上顧問は「なあーに、大丈夫だ。今頃焚き火をたいてビバークしているだろう」と事も無げに言う。
まんじりともせずに夜明けを迎えた頃に、ひよっこりと下田さんたち3人が「やあやあ」と手を振って、小屋に戻ってきた。このときほど安堵したことはない。聞くところによると、ヨコさんが足をくじいたために行軍が遅れ、それ以上暗闇で動くのは危険とビバークを決めたそうな。源流行を長くやっている人には、修羅場をそれなりに経験しているのか、人間が違うなと感心する。だからこそ、同じ修羅場をくくり抜けた者同士として、川上顧問は下田さんの力量を信じていたわけで、そこに「男のロマン」を感じると言ったら、変に思われるだろうか。

生還直後の映像 ガクアジサイ
イワナの唐揚げ 美味かった! イワナの頭は骨せんべいに

【たかが山釣り、されど山釣り・・・】
たかが山釣りごときに命を張るとは、なんという阿呆だと思う向きもあるが、確かに、傍からみれば阿呆である。家族からも白い目で見られて、肩身の狭い思いをする人もいる。たが、本当の阿呆とは、自分の技量をかえりみずに無茶をして大けがしたり、じたばたして命を落とす人のことだ。
だれでも、山釣りは存分に楽しみたいと思う。そう思っても、山釣りには多少の危険が伴うのは避けられない。ならば、それをいかに回避し或いは、乗り越えるために知恵を絞るのが「源流マン」の「課題」だということを、今回のビバーク騒動を機に肝に銘じた次第である。

【最終日はまったりと日向ぼっこ】
翌日は、前日の雨が嘘のようにピーカンの天気でした。ビバーク組がシュラフに潜り込んでいる側で、私たち4人はそれぞれの思いをもって、まったりとすごした。前日釣れたイワナを、身は唐揚げや甘露煮の卵とじに、頭や骨は塩センベイにして食した。いずれも酒の肴にもってこいの美味さであった。昼過ぎになってようやく、小屋を後にした。まだ見ぬ「岩井又」や「竹の沢」に思いを残しながら、猥雑に満ちた下界へ足取り重く向かうのであった。

晴れ上がった三面川本流 のんびり日向ぼっこの顧問

 


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