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山形県 朝日連峰 八久和川

2003.09.13〜15

川上、原、友野、八木、川久保、横倉、高橋、森、荻野、高野





Text & Photo : 高野 智

[忘れた!]
 清々しい山の車止めに川上さんの声が木霊する。
 「ウェーディングシューズも着替えも忘れちゃったよ。」
 冗談で言っているのかと思ったら、本人はいたってマジメ。ただ、目は充血してトロンとし、顔はむくんでいる。早い話が呑みすぎの酔っ払いだ。
 昨日迎えに行ったときには「群遊会」の我妻さんと酒を飲んでいて、もう完璧に出来上がった状態だった。そんな状態で荷物を積込んで出発したのだ。何か忘れていたとしても不思議じゃない。だけど、そんな大事なものを忘れなくてもいいのに・・・。

ウェーディングシューズを忘れたと言う川上さんに
あきれるメンバー達

転がっているのが川上さん


 「もう酔っ払いなんか放っておいて、行こう行こう!」と誰かが言う。
 川上さんはというと出発してすぐのところで寝転がって、早くもお休みタイムである。

 登山道に入ると、30分くらいは植林された森の中をなだらかに登っていく。それがブナが目立ち始めたなと思うと急激に高度を上げ始める。天狗角力取山への急登の始まりだ。
 思い起こせば前回来たのは4年前。初めて重たいザックを背負って、ヘトヘトになりながらこの登山道を登ったっけ。あのときはほんとに辛かった、涙が出るほど辛かった。4年間山釣りに親しみ、多少なりとも体力は付いただろうと思っていた。でも大して変わっていなかった。ガッカリである。
 いくつかの水場を過ぎて道は尾根へと飛び出した。吹きぬける風は気持ちいいが、天候は回復して晴天となった。これから森を抜け木陰が無くなるところだというのに・・・。


上:ガマズミ
下:トリカブト
上:都会の生活に浸りきった肉体が悲鳴を上げる
下:尾根に出ると眺望が開け朝日の山々が見渡せた

ブナの森を抜ければ
山頂までもうひと頑張りだ

 ここまでくるとメンバーは数人の小グループとなり、ペースの同じ人たちで登っている。
 そういえば今回のメンバー紹介がまだだった。根がかりクラブ会長であり、渓道楽の顧問でもある川上さん、そして根がかりの新人の原さん、川上さんとは古い付き合いの友野さん。さらに静岡から参加の八木さん。渓道楽からは川久保、横倉、高橋、森、荻野、私(高野)の総勢10名である。
 体力も経験もバラバラの10人、とても同じペースで登るのは不可能である。

 雨量観測所が見える頃、山頂までが見渡せるようになる。道は潅木のなかを延々と続いていた。
 途中2度も腹が痛くなり、見晴らしの良い場所でキジ撃ちをしてる間に、荻野さんとはぐれて最後尾のグループに吸収されてしまった。

雨量観測所が見えたと思ったら、急に雲が晴れて頂が姿を現した
まだ結構あるなぁ・・・

 ようやく山頂に着くと皆くつろいでいた。「もう1時間も待ったよ」と友野さんが言う。いやぁ皆さん健脚です。参りました。

 休憩もそこそこに岩屋沢目指して下り始める。話には聞いていたが、これがとんでもない急坂なのだ。一般的に下りのほうが登りより楽なのだが、ここまで急だと疲れた脚では力が入らず、ちっとも楽じゃなかった。それでも前回のウシ沢下降に比べれば、ちゃんとした道が付いている分だけ、ずっとましだったけど。

登山道途中にあった見事なツキヨタケ
これ毒です 美味そうなんですけどねぇ

 まだかまだかと下っていくと右手から水の音が聞こえてきた。八久和に注ぐ岩屋沢の音だ。すでに水筒の水が無くなり水切れを起こしていた私には、それはそれは魅力的な音だった。
 やがて八久和本流の対岸の山が近づいてきて、ようやく八久和へと降り立つことができた。出発してから8時間半以上掛かった計算になる。目標は8時間を切ることだったのだが、天狗越えは甘くはなかったようだ。

 八久和に降りた私は水を思う存分飲んだ。水は思ったほど冷たくなかったが、ことのほか甘露で美味かった。

 さて、テン場は本流の対岸に設けることとし、早速フライシートを張る。ところが今まで素晴らしい青空だったのに、急に風が出てきて酷い雨になった。
 「登山道で降られなくて良かったねぇ」と皆口々に言う。

 テン場を設営して焚き火を起こせば、まったり宴会の始まりだ。上流部には我々のほかは誰もいない。10人だけの貸切りの渓での宴会は、ことのほか楽しいものだった。

 宴もたけなわの8時くらいだろうか、突然突風が吹き始めフライシートがバタバタと音を立て始めた。それと同時にもの凄い雨が降ってきて、やむなく宴会はお開きとなり、皆シュラフに潜り込んだ。
この雨は夜いっぱい続き、ときおり吹き込む雨が顔を濡らした。また同時に薮蚊の大群に攻められてホントに酷い夜だった。

[2日目]

 朝目が覚めると、まだ雨はパラパラと降っていたがそれほどでもなく、なんとか釣りには出られそうである。
増えるのも早ければ減るのも早いのが八久和の特徴で、開けたところで平水より10cm高くらいだろうか。しかし、昨夜の増水で貴重なビールと川上さんのバーボンが流されていた。私にとって酒はどうでもいいのだが、渓で食べようと持ってきた焼きプリンが消えていたのがショックだった。

八久和本流 この先で左岸からオツボ沢が出合う
オツボ沢

 支度を整え、いよいよ釣りへと出発する。岩屋沢上流はオツボ沢出合までは開けた渓相で遡行は楽である。上流に向かった6名は思い思いのポイントへと竿を出し、次々とイワナを釣り上げている。昨日の雨が恵みの雨となったようだが、残念ながら大物は簡単には顔を出してくれないようだ。それもそのはず、いくら山越えでなければ入れない八久和上流部とはいえ、そこは源流釣りのメッカ八久和である。昨日までも2組ほど入っていたようだし、人は結構訪れているのだ。もちろん腕の問題もあるのだろうが、意外と厳しい状況らしい。
 やがて正面に滝が現れ、渓通しでは進めなくなる。ここは直ぐ先で左岸からオツボ沢が出合うところ。滝のちょっと手前の小沢を登ると左岸に巻き道が付いている。巻き道は直ぐにオツボ沢を渡り、踏み跡を辿っていけばしばらく行ったところで本流に下降できる。
 それにしても朝日連峰の森は素晴らしい。樹齢何百年というブナやミズナラが生い茂る森。文明とは切り離された原始の渓は人間の存在がいかに小さなものかを教えてくれる。

 下降した先の淵で待望の良型が竿を絞り込む。写真を撮ってリリースし、皆を追いかけた。





本流に竿を出す八木さん
静岡から遠征してきた彼の八久和に掛ける意気込みは並々ならぬものがあった

 しばらく行った何気ない小淵で先行していた川久保さんが両手を広げ、「デカイ」というジェスチャーをしていた。聞けば手前の岩陰から40cmクラスの大イワナがゆっくりと逃げて行ったらしい。やはり八久和の大物伝説は本物だ。

 その後もポイントごとにイワナが釣れてくるが、残念ながら尺止まり。40cmは簡単には釣れないのか。

宝石を散りばめたような八久和イワナ
普段は大井川水系をフィールドとする
彼にとってはイワナと言えばヤマトイワナだが、
ここ八久和のイワナも負けないくらい美しい

 そうこうするうちに大きなプールの手前まで来てしまった。そのプールの流れ出しでイワナの群泳を見ることが出来た。10数尾のイワナが並んで流れてくる餌を捕食している。餌を流してみると反転して近くまでくるが、残念ながら鉤がかりはしない。そのうち数尾が下の落ち込みへと移動した。すると私たちの立っていた足元の岩のエグレ下から新しいイワナが出てきて、その場所に陣取った。
 私にとって、それは初めて見る光景だった。ものの本には書いてあったが、定位しているイワナが居なくなると別のイワナがそこに入るというのは本当だったんだ。そこに居たイワナは大きくても尺くらいだったが、人の目の前で悠々と泳ぐイワナ達に感動した。

 さて、この淵を越えないと先へは進めない。友野さんの話だと平水ならばヘツリで抜けられるが、今日の水位だと泳がないとダメかもしれないと聞いていた場所だ。
 見ると水面から2m位の高さにバンドが続いている。最初に川久保さんが取り付いたが、途中で苦労している。1箇所手がかりが無くなっていて、そこがちょっとイヤらしい。それでもなんとか越えて行った。2番手荻野さんも苦労しながらも通過する。次に私の番。指がしっかりと掛からないのと、足場は逆相になっていてズルっと行きそうなところだ。「やだなぁ、落ちそうだな」と足を出したり引っ込めたり、しばらく迷っていた。「カメラの準備ができたから、落ちてもいいよぉ」と荻野さん。しまった、もたもたしてたからカメラを出されてしまった。「ええぃ、行ったれ」と左足を掛け、慎重に右足を・・・、ズル〜、ドッボーン。ああ、やっぱり落ちた・・・。後ろの八木さんはすんなり抜けてきた。格好の話題を提供してしまったようだ。

堂々としたコマス滝
この滝は下流から遡上してきたイワナが
溜まるところだ

 さて、そこを抜けると大物ポイントのコマス滝は目の前である。ここは下から行くと追い込んでしまう恐れがあるため、いったん手前右岸から出合ってくるウシ沢を登り、途中からコマス滝の上に出て釣るのがベストと川上さんから聞いている。
高橋さん、森さんは手前で引き返したので、残る4人がウシ沢を登り、コマスの上に出た。初めて見るコマス滝はドウドウと音を立てて井戸の底のような空間を落下していた。落下した滝は私たちの立っている岩場(5mほど)下にぶつかり右岸側に渦を巻いていた。流れ出しは右にねじれS字を描くように流れ出している。
 ここで八木さんが滝直下、荻野さんが流れ出しに竿を出した。八木さんは逆巻く流れと滝に入っている大木に苦戦しているようだ。
 荻野さんが流れ出しの岩影で尺物を上げるも、それ以上の大物は顔を見せてはくれなかった。

 時計を見るとすでに12時半、ここらで飯を食べて引き上げることにする。この先呂滝までは竿を出さないで1時間程度だが、どうせ呂滝では釣れないだろうし、呂滝上を釣るにはちょっと時間が足りないだろう。呂滝上は次回にとっておくことにして、ウシ沢でラーメンを食べてテン場へと引き返した。

 4年前に来たときはこのウシ沢を下降して魚止めまで釣りあがった。今回ウシ沢まで来たことによって、岩屋沢から魚止めまでが繋がったことになる。あとは去年行ったカクネ平手前から、岩屋沢までの区間を遡行すれば八久和完全制覇ということになるのだが、カクネ〜岩屋沢間は八久和の核心部、おそらく私には夢と終わるのだろう。

遡行していくと
いくつもの小沢が流れ込んでくる

 さてテン場に戻ると朝から飲み続けている川上さんの姿があった。ウェーディングシューズを忘れたばかりに、どこへも行けずテン場キーパーと化している。ん?もしかしてわざと忘れたのか? 確信犯だったりして・・・。

次々と料理が出てくる

 下流に行ったメンバーも戻ってきて、そこからは八久和最後の夜を飾る大宴会が始まった。板長高橋さんの作るプロの料理、川上さんの年季の入った渓料理と次々に美味しいものが出てきて、雨が降ってくるまで笑い声が渓に木霊した。


[再び山頂目指して]
 昨日の晩も薮蚊の猛襲で寝不足である。今日は早めに車止めに着きたいので、出来る限り出発時間を早めたい。
でも、なんだかんだ片付けていたら7時45分くらいになってしまった。

 昨夜の雨でちょっと増水気味の本流を渡り、登山道に取り付く。帰りはいきなりの急登だ。おまけに地面はたっぷり降った雨のおかげでズルズルである。
 「こりゃ登りに何時間かかるのやら」と登り始めから嫌になるが、ずっと纏わり付いてくる薮蚊(100匹近くいただろうか)のおかげで、座って大休止することもできずに一気に山頂まで登ってしまった。

 日差しを遮るものは何も無い天狗角力取山山頂であるが、じっとしていると寒いぐらいで、吹く風はすでに秋の気配を運んできていた。

また来年も来るぞと心に誓う 新しい天狗小屋

 そこからは膝を痛めた高橋さんらと、ゆっくりと車止め目指して歩き続けた。
 楽しかった八久和の旅も、もうすぐ終わりである。4年前に来たときとはまた違った八久和の表情を見ることができた。何度来ても朝日の渓は素晴らしい。
 また来年も朝日の渓で遊ばせてもらおう。


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