山一つ越えれば全く違う文化圏が存在する。その土地独特の風習や名物を目にしたりする。言葉や食文化などは身近に感じる最たる物である。そのひとつに上げられるのが栃木県中央部から北部にかけてのチタケ文化である。まあ、文化と言うと高尚に聞こえるけれども実は単なるチタケ馬鹿なのである。 チタケとは何ぞや?
知らない人の為に簡単に説明させて頂くとチタケとはチチタケとも呼ばれ漢字では乳茸と書く。梅雨時から初秋に生える夏キノコである。傘に傷をつけると白い液が出るのが名前の由来である。
何もしない時のキノコ自体はボソボソした食感で決して美味しいとは思えないのであるが、一度油を吸わせるとえも言われぬ味となる。栃木県では茄子と炒めてウドンのだし汁に使うのが一般的な使い方である。
”栃木県では”と書いたのだが、栃木県人(中、北部)と茨城県の一部分くらいが珍重するだけで埼玉にある私の実家ではその存在すら知らないという謎のキノコなのである。しかし私が住む宇都宮では今の時期「チタケ入りました!」や「チタケ有ります!」の看板やのぼり旗を普通に見かけるのである。
珍重するがゆえの結果、チタケと冠するメニューは軒並み高値で”チタケうどん 1280円”などと書いてある横に”天ぷらうどん 780円”と書いてあったりする。私は迷わず「天ぷらうどんと生ビール!」と叫ぶ事になるのだが、それでもチタケうどんより勘定は安いのだからその他も推して知るべしなのである。
さて、余談はこれくらいにしてと言いたいところだが、今回の川上顧問のお誘いはこのチタケ採り&イワナ釣りなのである。チタケうどんより天ぷらうどんを注文する私でも宇都宮に住民登録している以上行かないと罰が当たるというものである。おまけにイワナも釣って良しとなれば参加は当然の成り行きだった。
集合場所に到着すると川上顧問とサカタさんは既に宴会を始めていた。時刻は朝6時、場所は?と言えば、とある24時間コンビニの裏口である。レジャーシートを敷きクーラーボックスをテーブルに白ビールや氷結の空き缶が転がり早くもバーボンを舐め始めているのである。酒の肴はこれ見よがしのコンビニ物であるから店員は何も言えないのだろうけど、素面の私は行き交うコンビニの従業員の不思議なモノを見るような視線に耐え切れずに出発を促すのだった。
途中、只見駅前で川久保さんと合流。川久保さんは単独で数日間釣りを楽しんだ最終日での合流と言う事だ。この時期の只見はアブの猛襲で釣りどころでは無いと思うのだが、結構良い釣りを楽しんで来た様子である。
全員揃って車止めに到着。天気は生憎の雨であるが誰の顔にも周知の苦笑いが浮かんでいる。レインウエアを着込んでの登山は雨だか汗だか判らぬ状態。だらだらと登る登山道を中間尾根のピークまで登れば山頂へと向かう道と別れて下り坂となる。樹齢200年を超えようというミズナラやブナの林を快適に歩く。ひとたび白い森の中に入れば木々を揺らす風も雨の雫も左程に感じない。こうしているとブナに守られている自分を感じずにはいられない。
人はよく「ブナ林を守ろう!」と言う。しかし守られているのは人間の方なのである。それが実感出来る。自然あっての人間なのだと思えば成す事は「自然の健康」に気を配れば良いのだ。自然を愛し畏敬の念を忘れず謙虚であれば「破壊」という文字とは無縁となる。自然と人間、釈迦か悟空か、後世に残る姿こそが答えである。
登山道が沢を渡る。濁りがやけに入っているのは山が崩れているのである。対岸を登り返して進むと、はたして登山道がバッサリと崩落している。崩落部分を高巻いて進むが、あちらこちらの地面に亀裂が走っている。地滑りの前兆なのか、木々の根が悲鳴を上げているのが判る。
川上顧問から「第一ポイント!」と声が掛かる。が、私はその時既にチタケ採りに夢中になっていた。栃木県人丸出しのどん欲さである。
「チタケを採りながら行く。」という顧問と別れ我々は釣り場へと急ぐ。チタケ採りは帰路、取りあえずはイワナ釣りである。先へと進むと渡渉した沢に再び出合う。ここから入渓だ。
今日の釣行から私の道具はテンカラ。濁りが入った今日の流れには餌の方に分が有るが、今回餌釣りは川久保さんだけである。目の前で早々に7寸を抜き上げ川久保さんから笑みがこぼれる。私も毛鉤を振り込む。グンッ!と引かれる予期せぬアタリに慌てて合わせると2寸程の可愛い奴が毛鉤をくわえている。2寸と言えども私にとってはテンカラ初物である。ウキウキと手前に引き寄せて来たら仕掛けが足下の小枝に引っ掛かってしまった。途端にイワナはパシャ!と身を翻し流れに消えてしまった。思わず後ろに控えるサカタさんに苦笑い、初物がお預けとなった瞬間である。
その後も何とか私に初物を釣らせようと先行させてくれる心優しいサカタさん、清水さんである。期待に答えようと懸命に毛鉤を振るが、どうしても合わせられずに鉤掛かりしない。イワナがくわえた!と思い合わせるが空振りである。二人から「もっと遅くて大丈夫。」と言われるがどうも上手く行かない。それでも釣れないなりに目で楽しめるイワナとの駆け引きの釣りは大満足ではあった。
竿をたたみ入渓点へと戻る。顧問とはここで待ち合わせだ。シートを敷いて一杯やっていると顧問が重そうな籠を背負ってやって来た。「今年は当たり年だよ、さあ食おう!おぎんちゃん天ぷらだぞ。」籠をドサッと下ろすと大量のチタケが納まっていた。
チタケ天ぷらを肴に酒宴が始まる。素麺を茹でて腹に収める。何時しか雨も止んで上々の宴会日和だ。
帰路は各々チタケ採りに精を出す。私の腰籠にも半分くらい採れている。白い土被りを目標に薮を漕いで進み、辺りを探し回る。枯れ葉に身を隠す様にしているチタケを見つける。ニヤリと笑って摘み採る仕種は一端のキノコ採りである。山の恵みを頂く山遊びの醍醐味は自分で探し自分で採る事だ。あまりに夢中になり危険な目に遭う事もある。それも自然を相手にするが故の事。日々精進有るのみ。
チタケ採りに夢中になり集合時間に遅れている。清水さんと先を争うように登山道を歩く。集合場所のコルでは焼酎を舐めて上機嫌な顧問の笑顔が迎えてくれた。
帰路、鹿沼の中尾さんのお店に寄りたいと言う顧問を送る。ここで中尾さんからチタケの新料理を伝授される。川上流か中尾流か両者譲らぬ調理方法だ。
師曰く
「採りし獲物は汝が料せよ。採りし獲物を分け与えよ。汝の妻に手柄を与えよ。然らば乞われて漁に出られるであろう。」
メンバー全員が帰宅後、家族相手に料理の腕を振るっていることだろう。
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