八久和川本流の冷たい水がオーバーヒート気味の足に心地良く感じる。車止メから歩いて4時間、フタマツ本流渡渉点にやって来たのだ。
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フテ寝の想い出 |
まる二年前の2002年9月21日、渓道楽と渓声会の合同釣行として8人がカクネを目指した。統率者の居ない8人が思い思いの行動を取り、遡行に専念出来ないままに自滅した秋。フタマツ渡渉点は屈辱の幕営地となり本流際の砂地に不貞寝をした記憶も新しい。
あれから二年の歳月が過ぎ、渓道楽の一員となって渡渉点に立つ私の目にはあの時と変わらぬ姿の砂地が写っていた。
膝下までのフタマツ渡渉点を楽々と渡り想い出のテン場に立ち止まる事も無く歩く。過去を思い出し懐かしがるのはカクネに着いた時で十分だ。ここから私のカクネへの挑戦が始まるのである。
広々としたブナの森を歩く。ナラタケ・ブナハリタケ・ヒラタケと気を引くキノコがあちらこちらにある。まっちゃんがテン場の食材に採取しようとすると「そんなのいらねぇよ!」と顧問の声が飛ぶ。顧問曰く“舞茸三昧に他の余計なキノコはいらない!”と言うのである。
ここに来るまで既に顧問の指示で清水さんが舞茸を採っている。私も何度か斜面を這いずり回ったが簡単には見つからない。これから先はウジャウジャ状態だという。顧問の“ウジャウジャ”と“楽勝”には何度も騙されているが今回だけは嘘じゃない様だ。まあ、いつも嘘なのではなく我々が期待に答えられないだけなのではあるが・・・
しかし今回は顧問自らヤル気満々なのである。我々下僕の働きなど、はなから当てにしていないのであるから既に大漁は約束事なのである。
ブナハリタケ |
別冊渓流でもお馴染みの頼れる男
向井さんが加わった |
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フタマツ沢の上流で八久和本流を渡渉する
幸いにも水量は少なかったが、ひとたび雨が降れば八久和の竜神が暴れ出し、とても渡渉はできなくなる |
本流に下りしばらく岩場を遡行する。小さく高巻き再びブナの台地へと登る頃には6人のメンバーの間隔もまばらとなり私の周囲には顧問と清水さんだけとなっていた。「みんな来ないようだから舞茸探してのんびり行くか。」と言うや否や斜面に消える顧問。清水さんと私は近場のミズナラを一回り。万が一だけを期待しているのがありありと判る。楽して見つかるような舞茸では無いのである。
そうこうしている間にいつもの腹の出具合がいっそう大きくなった顧問のご帰還。上着の腹の部分に舞茸を包んで来たようだ。「まいったよ、落としちゃってよぉ、バラバラだよ。もっとデカかったのにゴロゴロ転がって半分になっちゃってよぉ。」と、それでも嬉しそうである。
さて、後続を気にしながらも先に進む。微妙なトラバースが続くカクネ道の核心部に来たようだ。踏み跡は足幅程度しか無い。滑れば間違い無く本流まで落ちる。細い木の枝に命を預け慎重に歩く。小沢をいくつか越えてカクネ道は続く。
「おぎんちゃん、これがカクネ沢で、あっちの台地がカクネ平だよ。」と足下の沢を見下ろす地点で顧問が教えてくれた。とうとうカクネにやって来たのである。
カクネ平を少し歩くと5人グループがミズナラの倒木に群がっている。彼らの横を挨拶しながら通り過ぎようとした目にトンでもない物が飛び込んで来た。舞茸のお花畑だ。ミズナラの倒木の根元辺りにビッシリと舞茸が開いている。こんな風にお花畑状態に出ている木には二度と舞茸が出ないそうである。最後の一花なのであろうか・・・
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「お花畑」 信じられない! 舞茸が鈴なりに生えている |
先ほどの5人グループのテン場横に我々もテン場を張る。5人グループのリーダーは20年来の顧問の知り合いと言うこともあり快く迎えてくれた。テン場が出来上がれば乾杯だと思っていた私の意に反して顧問の口から「おい、釣りに行くぞ!」と言葉が飛び出す。アプローチの疲れを癒す間もなく釣り支度に掛かる。「早くしろよ、置いてくぞ!」何時に無く落ち着きが無い顧問にようやく納得出来たのは全員の仕度が終わった時だった。「俺は舞茸、みんなは釣り。晩飯のオカズ頑張るように!」そう言って二カッと笑うのだった。お花畑を見せられて舞茸採りに火が着いたのだろう。顧問と別れ向井さんを先頭に本流に下りる。いよいよカクネで釣りだ。
夕闇迫るカクネ広川原に大物釣りの期待。向井さん、まっちゃん、私が餌。横倉さんがルアーで清水さんがフライである。広い、本当に広い。八久和川はゴルジュの渓の印象が強い。そんな渓にポッカリと開けた空間がカクネ広川原である。夢の空間に竿を振る。俺は今、カクネにいる。そして竿が軋むような大岩魚と遊ぶんだ。そんな喜びが沸々と涌いてくる。
ところが現実の釣りは・・・・順調に釣り進む清水さんのフライを横目に餌組には声が出ない。ルアーの横倉さんは大場所を求めて下流に消えた。向井さんと清水さんがどんどん遡行して行く後ろを浮かない顔でまっちゃんと私が行く。釣れない上に顧問が急かしたせいでアプローチの汗も乾かぬまま、ネオプレーンソックスを履かずに夕方の本流に来てしまった私なのである。寒いし冷たい。それでも何とか一尾を仕留めて晩のオカズに貢献出来た私は良いがまっちゃんにはアタリも無いと言う。「まっちゃん、飲みたくない?」そう問い掛ける私に二つ返事で「はい!」と答えが帰って来る。飛ぶようにテン場に帰ったのは言うまでも無い。
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広河原に夕闇が迫る 釣り人は無心に竿を振り続けた |
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グラマラスな肢体にため息が出る 夢にまで見た八久和の岩魚 |
夕闇が迫り第一夜の宴会。全員が顔を揃え乾杯!みなそれぞれ酒の肴の作成が始まる。私の担当は舞茸ご飯と舞茸の天ぷら。どちらも掛りっ切りの仕事で担ぎ上げた食材の料理に手が回らない。「今晩は舞茸と心中だ!」と心に決めて片手はひたすらウイスキーに伸びていた。みんなで囲む焚き火には岩魚。岩魚焼きの担当は向井さんだ。火の周り具合で串を差し替え極上の焼枯らしを目指す。
明日の予定を相談。私は顧問に早々と長沢で釣りがしたいと言ってある。向井さんも長沢に入りたいらしく、まっちゃんは顧問と舞茸採りに行くと言う。どちらか決めかねている横倉さんと清水さんである。
晩飯を食いながらの談笑も夜10時を過ぎたところで横倉さん、清水さんと飲み疲れのまっちゃんを加えてご就寝。顧問と向井さんと私は飽きる事なく酒を煽り続けシュラフに潜り込んだのは午前1時を回っていた。
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舞茸の天麩羅最高なり 焚き火を囲みながら源流の夜は更けていく |
闇夜に舞う岩魚 |
翌二日目。隣の5人グループが長沢に入ることが判明して釣りは長沢〜小国沢間の本流に変更。結局、向井さんと私に加えて清水さんが釣りへ、まっちゃんと横倉さんが顧問と舞茸採りへと言うことになった。
爽やかに晴れわたったカクネの空。本流の遙か先を竿を出しながら歩く5人グループの姿が見える。こちらは長沢まで一気に歩く。長沢出合で足跡がプッツリと消え先行者が長沢に入った事を物語る。長沢出合から竿を出し始める。今日の私の仕掛けはテンカラだ。フライの清水さんと餌の向井さん。顧問からは「シーズン最後、岩魚を食おう。尺以上はリリース、それ以下塩焼きサイズは全部キープだ!ノルマ50尾、向井、お前のノルマは20尾!!」と厳命が下っていた。(笑)
この言葉でこの間の本流でも十分楽しめる岩魚がいるらしいと察しがつくものである。
シーズン最後の釣りが始まった。
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長沢〜小国間の流れ |
私の後ろで「ヒュ〜!」と声が上がる。清水さんにフックオンだ。フライロッドをたわわに曲げてファイトしている。我に還って上流に向き直りテンカラを振る。毛鉤が着水してものの何秒かでアタリが来る。「ヒュ〜!」私も清水さんを真似て奇声を発する。とても良い気分である。8寸程でけして大きくは無いがテンカラ竿の柔らかさとラインの長さが釣りを一段と面白くしてくれる。手元に引き寄せた岩魚のアゴに毛鉤が刺さっている。竿を後ろに大きく倒しラインを手繰り寄せて取り込む。写真を撮り、いつもの癖で岩魚をリリースしてから「あっ、オカズ!」と叫んでみてももう遅かった。
長沢〜小国沢間は遡行しやすい区間ではあるが、やはりそこは八久和川である。押しの強い流れにヘトヘトになる。大淵を胸まで浸かり渡渉する場面もある。急な流れ出しを渡る際に小柄な清水さんが流される。既に渡り切った向井さんと私が振り返った時には偏光グラスがひしゃげて真剣に泳ぐ清水さんの姿があった。ゲームの双六(すごろく)の様に流されて振り出しに戻った清水さんに向井さんがテープを差し出しに行き無事に渡る。3人揃ったところで昼食。
昼食後にもう少し釣りたい向井さんと清水さんは高巻きを越えて先に進み、私は釣り下りながら釣果を上げ最後の釣りを満足してテン場に戻った。
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カクネの岩魚 |
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ザックを掲げ胸まで浸って渡渉する
釣り人はひたすら上流を目指す 大岩魚に出会うため |
テープで繋がれた信頼 |
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さあ昼飯だ |
テン場に戻ると顧問がシュラフから抜け出したところだった。居合わせたまっちゃんに聞くと釣りに出掛けた我々を見送ったきり寝てしまっていたらしい。「えっ、じゃあ舞茸は?」と聞くと「二人で行きました。顧問に言われた場所に横倉さんと行って一つだけ採って来ました。」と言う。それを聞いた顧問が「一つ?おかしいなぁ、ちょっと行って来るから。」と自ら腰を上げたのである。
顧問が消えて小一時間。先に釣り進んだ向井さんたちが帰って来る。向井さんの竿には尺二寸が出たらしくテン場に帰って来た二人の顔も満足げだった。
「お前らどこ見て来たんだ!」と言いながらザックをパンパンにして顧問が上機嫌で帰って来た。まっちゃんと横倉さんは顧問が言った斜面のずっと下ばかり探していた様だ。「バカ野郎、下なんかにゃねぇんだよ!無いわけねぇのにおかしいと思ったんだよ。」とお叱りの言葉も大量の舞茸に何やら迫力が無い。
その夜の宴会はお約束の雷&雨。まあ、その辺はもう慣れたところで動じる事も無く酒を煽(あお)る我々ではある。盛大に焚き火を燃やし岩魚を焼く。今晩の舞茸ご飯はまっちゃん、天ぷらは向井さん、油炒めは清水さんが担当。私は帰還後に手早くシチューを作っておいたので飲むだけでお気楽だ。
まっちゃんの舞茸ご飯はすごぶる不出来で全員に不評を買うも本人の思考回路は上出来でそんなことは全く意に介さない、可愛い奴である。
天幕の下はこんなバカ揃いでカラッとしているものの、一向に止まない雨であった。
明けて最終日。雨はまだ降り続いている。シュラフから首だけを出して様子をうかがうが止む気配も無く本流の轟々たる音に想像だけが膨らむ。ふと見るとみんなも亀のように首だけ出して様子をうかがっている。ガーガー寝ているのは顧問とまっちゃんだけ。誰しも雨は好もしく無いのである。今日は帰還日、フタマツ渡渉点が渡れなければ帰れないのである。更には雨のカクネ道もより一層厳しさを増すことだろう。
顧問の予定では“午前中舞茸採り、昼をテン場で食って帰路”だったのだが、さすがの顧問も起きるなり身支度を始めた。みんなも習って身支度を始める。不評でそっくり余ったまっちゃんの“わんぱく舞茸ご飯”を捨てやすい様に握ってみんなに配布する。テン場を撤収して歩き出したのが10時だから2時間繰り上げての行動だ。
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増水した八久和本流を渡渉する
まだギリギリ大丈夫 頼りない1本のロープだけが命綱 |
“フタマツを渡れば帰れる。”そればかりを考えて歩く。雨は降ったり止んだり。見覚えのあるフタマツのテン場に全員揃ったのが昼。一足先に本流の様子を見に行った顧問が帰って来て「ギリギリだ。」と含み笑いで言う。「ギリギリってギリギリ大丈夫の方ですよね?ギリギリのところでダメって奴じゃないでしょ?」と向井さんが問い返す。「ロープが生きてれば大丈夫、ダメなら駄目だ。」こう言いながらも目が笑っている。“お前らの力で渡れるか?”とその目が聞いている。
渡渉点にトラロープがフィックスされていたのを全員が往路で見ている。そのロープが今では帰還の運命を握っているのだ。まずは顧問が行く。胸まで流れに洗われている。次に向井さん、そしてまっちゃん。対岸の人数が徐々に増え、こちら側は少なくなって行く。4番手で渡り終えた時には頭の中に息子の顔と生ビールが一緒に浮かんで来た。
全員渡り終えてカクネの旅は終わる。あとはひたすら車止メまで歩く。ただひたすら生ビールを思いながら・・・
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