今年もとうとう渓流釣りのシーズンが終わろうとしている。今シーズンを振り返ってみると、それなりにいい思いをした気がするが、前回の八久和天狗越えが不発に終わってしまい、このまま禁漁になってしまうのは、なんとも納得がいかない気分だった。幸い休日出勤の代休が余っていたので9月30日の最終日に入れておいた。ただ、行き先も何も決まっておらず、気が向いたら行こうくらいの感じだった。
30日が迫ってきたある日、川上顧問の家に遊びに行ったところ、顧問が最終日に行くという話しを聞き便乗させてもらうことにした。こうして奥只見の釣行が決定したのである。
久しぶりの日帰り釣行、持って行く荷物もいつもの渓泊まりに比べてやたらと少ない。かえって「何か忘れているような」という気がする。だが、それよりも気がかりなのは接近中の台風である。予想進路を見ると、もろ真上を通過しそうな感じであり、さわやかな快晴の秋空の下、赤トンボに囲まれながら思う存分竿を振って楽しみたいという願いは叶えられそうも無かった。
大津岐は奥只見湖に注ぐ河川で、檜枝岐村の奥深くに位置し、まさに秘境と呼ぶにふさわしいところである。私自身は奥只見の袖沢までしか入ったことが無く、最深部に足を踏み入れるのは初めてである。
奥只見へのアプローチは新潟県側からと福島県側からの二通りがある。しかし、そのいずれもが高速道路のインターよりもかなり遠く、ひたすら一般道を走らなければ辿り着けない。そんな山奥に台風が接近している中行っても大丈夫なのかという不安もあるにはあったが、渓自体はひどく増水するところではないという顧問の話であるから、とにかく行ってみようという気になったのである。いつもながら顧問の渓に関する知識と情報量には感心する。顧問の頭の中には渓のありとあらゆるデータが蓄えられているのである。
さて今回のメンバーであるが、さいたま組が顧問と私、そして宇都宮から清水さんと松本さんが参加する。大津岐だと岩魚だけでなく、キノコも期待できるというので楽しみであった。
宇都宮組との待ち合わせ場所の御池ロッジには午前3時に到着した。ここは尾瀬への登山口であり、途中の集落は旅館や温泉が立ち並ぶ観光地である。顧問の話では、ここは「福島県でももっとも所得の多い土地」だそうである。郡山などの地方都市と比べても、檜枝岐のほうが上というのだから驚いてしまう。しかし、もはや秘境と呼ぶにはあまりに観光地化されていて、昔日の面影は無い。実際目に付く家々は新しく、茅葺屋根の民家などは皆無である。
御池ロッジの駐車場に車を入れた私たちは、長時間の運転で凝り固まった体を伸ばすべく車のドアを開けた。ひんやりとした山の空気に触れると身が引き締まるようだ。
それにしても台風が来ているわりには風も穏やかで、雨もここではさほど降ってはいなかった。頼むからこのまま降らないでくれと祈りながら、いつの間にか深い眠りに引き込まれていった。
辺りが明るくなったころ清水さんに起こされた。挨拶を終えてすぐに出発である。ここからは林道を奥へ奥へと進み、大津岐へと向かう。奥に進むにつれ道は荒れていて、普通乗用車では厳しい感じだった。
大津岐にはダムがあり今回はその上流を目指したのだが、バックウォーターのところまで来たところで清水さんのハイエースキャンパーではクリアできない道路状況になってしまった。おまけに流れを見ると濁流と化し、とても遡行できる状態には見えない。山抜けでもあったのだろうか? さすがの川上データベースも最新の情報に更新されておらず、残念ながら引き返す。
ダムで取水されているために、その下の流れはチョロチョロであるが、とりあえず二手に分かれて入渓し、ダムまで釣りあがることにした。
流れに降りてみると普段はほとんど水がないようで、川底の石には緑色のノロが発生していた。こうなると岩魚もさほど期待できそうも無い。
キノコはどうだろうかと倒木を舐めるように見ながら行くも、場クサレているものがときおり見つかる程度で、とても収穫できそうなのは見つからない。
最近は車で行くことのできない源流部に入ることが多く、そういった場所では、「ここなら絶対居る」というポイントに竿を出せば必ず良型が釣れる。そんな釣りに慣れてしまったために、ここは居るだろうと竿を出してもアタリすらないという状態に気持ちがダレてきてしまう。当然使う仕掛けも1号以上の太仕掛けであり、繊細な釣りなどできるはずもない。やはり釣り人が多く入るような渓での釣りは難しい。
それでもしぶとく竿を出していくと、ようやくアタリが出始めた。しかし釣れてくるのはお子ちゃま岩魚ばかりである。居ないことは無いようなので、そのままズルズルと遡行を続ける。
しばらくいくとちょっとした落差のある落ち込みでかすかなアタリがあった。しばらくアワセを待って上げると8寸弱の岩魚がようやく釣れた。
それにしても素晴らしい体色だ。婚姻色なのだろうか、かなり色が濃い。腹の橙色のなんと鮮やかなことか。こんな綺麗な岩魚が出れば、遥々来たかいもあったと思える。
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体側の斑点までもが橙色に染まった大津岐本流の岩魚 あらためて思うが、岩魚は本当に渓毎の個性が強い |
その後、釣りあがるも良型は出ず、ダム下のプールに着いてしまう。仕方が無いので林道に上がり、とぼとぼと車まで引き返す。
車には清水さんたちがすでに待っていた。
「どうでしたか?」
「ええ、9寸のが出ましたけど、堰堤までは行けませんでした」と清水さん。
なかなかの良型に満足したようだった。
大津岐本流をあとにした我々は、次に大ヨッピ沢に向かう。大ヨッピとはこれまた珍しい名前であるが、どんな由来があるのだろうか。
西ノ沢との出合の橋に車を止めて、しばらく廃道となった林道を歩き、適当なところから沢に降りた。
取水された大津岐に比べ、大ヨッピはまずまずの水量を保っている。雨は激しくなってきたが、台風はすでに通り過ぎたはずである。台風一過の青空は期待できないのだろうか。
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大ヨッピ沢の流れ 少しずつ木々が色づき始め、遅れていた秋がやってくる |
ここでは私と清水さんが竿を出しながら進む。しかしアタリはまるで無い。そしてキノコも全然である。川上顧問の腰にぶら下げた籠が寂しそうにしている。
ポツポツとアタリが出だしたが、お子ちゃま岩魚ばかりで、もっと大きくなってから会おうとリリースを繰り返す。
相変わらず結構な雨が降っている。上は雨具、下は鮎タイツという出で立ちだが、さすがにこの天気で体が冷え切ってしまう。しかし、渓沿いの森を見渡すがまだ紅葉には早いようで、今年は少し遅れそうな感じだった。
そろそろ車に戻りたくなってきた頃、ようやく良型が竿を絞ってくれた。先ほどの大津岐本流と同じく美しい橙色の腹をした岩魚で、こちらのほうが若干型が良かった。
しかし良型が出たのはそれっきり。その後清水さんが頑張って竿を出すも、それきり岩魚は釣れなかった。
雨のために写真もほとんど撮ることができず、シーズン最後の釣りは満足度60%くらいというところだろうか。渓を後にした我々はすぐさま温泉に向かった。
雨中の釣りで冷え切った体をゆったりと温泉で暖めながら、私は来年のシーズンへと想いを馳せていた。
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