渓道楽恒例の初釣行会は、中伊豆の狩野川水系の支流群で敢行された。この時期の伊豆地方は比較的温暖な地域であり、埼玉からは3時間半あまりで行ける近場の渓流に関わらず、参加者が例年よりも少なかったのはさびしい限りであった。当初参加人数不足で開催が危ぶまれていたが、ギリギリになって静岡から八木さん一家の参加を得てようやく決行と相成った。「敢行」というのはその意味もあるが、私自身が花粉症で苦しんでいたということもある。調子がよくないときにわざわざ行かなくとも、と思ったが、参加人数が少ないときだったから思い切って行くことにしたのである。
伊豆の渓流と言えば、「アマゴ釣り」というイメージがするが、東北地方の「岩魚釣り」しかも「大物釣り」ならば喜んで馳せ参じてきた会員にとって、「アマゴ釣り」は魅力の乏しいものに映るようだ。と言うより、この釣り方が「岩魚釣り」と違って、神経戦を強いられる釣りだから敬遠されたのだろうか。いずれにしても憶測の域を出ないが、三度の飯よりも釣り好きである会長自身さえも、今回は全然竿を出していないのだから、そう思わずにはいられない。
因みに参加者は総勢9名。3つのグループに分かれて行動したが、私はうかつにも愛車が排ガス規制法に引っ掛かって使用不能になったため、岩田ご夫妻、永田さん、村川さんと一緒のグループに入れていただいた。車は勿論、永田さんの「ビックフット号」である。初めて同行する方ばかりだし渓道楽切っての名人揃いだからプレッシャーを多少感じたが、皆さんがいろいろと私に気を使ってくれてかえって恐縮した。
他のグループは村川さんと近藤さん組、もう一つのグループは高野さんと中村さん組でした。高野さんグループは「渓道楽写真部」として、無論釣り竿の代わりにズッシリと重いデジカメを後生大事に持参しての参加です。今の時期は自分の腕では釣れないことを口実にしているが、本当のところは買ったばかりの高級デジカメの虜になっているだけの話しで、被写体は何でもいいという趣旨のグループである。
9日の早朝、中伊豆の漁労支所の自動販売機で、1100円の遊漁券を購入して、いざ狩野川の支流へ。本流の方は渇水気味で水質がよくない感じだったが、支流でも観光資源として開発され尽くしている地域内にあるせいか、流れのあちこちに生活廃棄物が引っ掛かっているのが目につく。釣り人が散見できたが、アマゴをねらうにしては水質的に大丈夫かなと思ったものである。所々にワサビ田が点在している地域の支流から上下に分かれて入渓したが、私は下の方を攻めに行った。源流の清楚な流れに見慣れた目には水が濁って汚く見えたが、「里川」としてはいい方の水質で、水温は低からず高からずという案配であった。
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春の訪れ |
土手にツクシンボやタンポポが立っているのどかな「里川」は、荒涼として悪場続きの山岳源流ほどのプレッシャーがないから、気分がいいものだ。釣れなくともいいからのんびりやっていこうと、釣り糸を垂れると即座に竿先に反応が伝わってきた。アマゴは第一投目でしかも「イクラ」で掛かってくるものかと多少の驚きを持って竿を上げてみると、まさに朱点鮮やかな「アマゴ」であった。一応はキープサイズだが、次を期待してリリースした。土手を静かに歩いていると、流れの底で盛んに「ヒラ」を打つ様子が幾度か目に入った。水上の虫を追って果敢にライズする魚もいた。意外と魚影が濃いようであった。
狩野川は放流事業をやっていると言っても、年間2万5千尾と他地域と比較するとはるかに少ない。に関わらず、支流群に魚影が濃いのはそれだけネイティブのものが順調に育っているということなのだろうか。多摩川ほどの「釣り人ラッシュ」はここではめったに見られないそうだから、アマゴにとってはよい環境のようだ。さすがに「穴場」に詳しい会長が選んだだけの事はあるなと感心する。
しかし、こんなにたくさんいるのに誰も釣りに来ないとは、ケニアの環境相の言い草ではないが、実に「モッタイナイ」。ヒラを打っている横から仕掛けを流してみるが、針に掛かってこない。どうやら「スレッからし」になっているのか、なかなか釣れない。やっとの思いで3尾のアマゴを釣り上げることができたが、普通のヤマメと違って元気が無いようだ。目印の動きが小さいから苦労した。
ちょっとワサビ田の囲いがしてある下の落ち込みを探っていたら、ゴツン、ツツツーと下に引き込まれるような強い引き! アマゴではないなと思ったら案の定、イワナが顔を出してきた。どう見てもニッコウ系のイワナだが、水温といい濁りといい、イワナの棲める環境ではないところから出現したものだから、ちょっと驚いた。そのあたりはアマゴのみの放流だから、イワナはネイティブがほとんどなのだろう。清冽とは言えない流れにも棲息しているとは、たくましいというか。それとも、そんな川でしか住処がなくなってしまったイワナの悲哀というか。とにかく、貧弱なイワナを手にとっても、先ほどのアマゴほどの感激は出てこなかった。
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のどかな里川の流れ、そこにはアマゴが群れていた |
つくづく思うことは、本来そこの流域は「イワナ」の聖域(サンクチュアリー)だったのではということ。観光資源の開発で自然環境が一変したことと、度重なるアマゴの放流事業で、イワナの聖域が侵されてしまったのだろうと推測できる。専門家の説によれば、ヤマメとイワナの「棲み分け」は、どっちかというと成長も早く、動きが活発なため餌を豊富に採るヤマメの方に分があると言う。放流事業は自然保護のためか、それとも釣り文化のためか、原点に戻って再考しないと、ブラックバスのケースと同種の問題を孕んでくるように思う。多摩川なんてとこはヤマメとイワナを一緒に放流する事業を何年もやってきたから、汚い川からイワナの大物が掛かることがある。生態学的に見てひどいものである。
あれこれ考え事していたら、上流の方へ行ってきた村川さんが、尺ほどもある大物のイワナをぶら下げて意気揚々と帰ってきた。手に取ってみると、ズッシリと重量感のある魚体であった。私の釣れたイワナを一緒に並べると、余りのチンケさに恥ずかしくなってきた。岩田会長の奥さんも、結構な型のアマゴとイワナが釣れたと、うれしそうであった。釣りが上手いとは聞いていたが、それほどとは思わなかった。脱帽ものである。
いつもなら真っ先に釣りに行ってしまう会長は、今回はもっぱら奥様の「サポート役」に徹しているようだった。普段は自分ばかり遊んでいるから、せめての罪滅ぼしに「奥様孝行」を考えついたものらしいが、それが「渓流釣り」とは会長らしいなと思う。大抵の人は妻の機嫌を取るときに「釣り」に誘おうものなら、はり倒されるのが落ちだろう。
宿泊は土肥温泉のホテル。太平洋を一望できないところに立地しているから一流とは言えないが、料理に関しては今まで食したなかでは、満足いくものであった。取れたての海の幸をふんだんに使った料理がメーンだったが、それが実に上手かった!鯛の煮染めも良い味が出て絶品。海老の刺身もとろけるように美味い!お品がたくさん並んでいるが量がそれぞれちょっと良い具合になっているから、全部胃袋に入れたのである。ただ一つだけ文句言うとしたら、風呂が熱すぎた。一番風呂のせいもあるが、まるで我慢較べに使う「熱湯」である。会長達はシャワーで冷水の集中砲火をしてから入るも、なお熱いほどだった。
翌日も良い天気の朝を迎えたが、予定がぐるぐる変わってなかなか決まらない。観光地巡りという案もあったが、根っからの釣り好きばかりだから、写真部の高野班を除いて、全員近くの源頭部で源流釣りということになった。ホテルとは割りと近いところから細い山道に入りクネクネ走っていくと、ほどなく車止めに到着。渓相をみると流れは細いながらも、落差のある本格的な源流であった。普段着のままで入渓して、これはと思うポイントで竿を出してみたら、アマゴが掛かってきた。次のポイントを探ると、今度は魚体全体が赤茶けたイワナが掛かってきた。腹の黄色いところから察すると、居付きのイワナか。これが私にとっては、今回の大物であった。
渓道楽の釣行会で、こんなに釣れたのは初めてである。満ち足りた気分で、家路についたのは言うまでもない。それはひとえに、会長ご夫妻をはじめとする会員みなさんのサポートがあったからこそで、この紙面を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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