出発したときには小雨が降っていたのだが、今ではそれも止み曇り空。急な登りでもうっすらと汗をかくくらいで、ちょうどよい気温だった。
ブナの森を抜け尾根道に出ると心地よい風が吹き抜ける。休憩で腰を下ろすと見たことも無い蝶が舞っていた。そっと近づいて写真に収める。帰ってから調べるとアサギマダラという蝶らしい。
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初めて見る蝶 アサギマダラ |
今歩いているのは山形県朝日連峰を流れる八久和川上流部に直接入るためのルート。渓道楽のサイトをご覧の方々にはおなじみの、天狗角力取山(てんぐすもうとりやま)への登山道である。
このルートを歩くのは4回目であるが、今年は6年前と同じウシ沢下降をルートに選んだ。あの年、14時間もの信じられない時間が掛かってしまい、いつかはリベンジしなくてはと思い続けていたルートなのである。そのときのメンバーの一人、伊藤君も今回は一緒である。今回はさらに会員の紺野君とその仲間の堀江さんも一緒で、総勢4名のパーティーとなった。紺野君は渓道楽きっての実力派。100Lザックも軽々と担ぎ、沢でも頼りになる男だ。もちろん伊藤君も6年前とは別人のようで、体力、技術、経験も申し分ない。堀江さんとは今回初めてだが、いつも紺野君と一緒ということから、全く問題ないはずである。問題あるのはやはり私一人。つねに他の3人の足を引っ張っている。
それでも何とか5時間ほどで山頂に到着した。未だに残る大雪渓のおかげで登山道の巻き道が使えず余計なピークまで登らされてしまったのを考えれば、十分満足できるタイムだろう。ガスが掛かった山頂からは残念ながら見晴らしが利かなかったが、ときおりガスの晴れ間から障子ヶ岳も望まれた。
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左から紺野君、伊藤君、堀江さん |
霧に包まれた登山道 |
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頂上はまだか!? |
可憐なニッコウキスゲが出迎えてくれた |
ようやく天狗小屋が見えた
山頂まではあと少しだ
7月も終わりだと言うのに
未だに大きな雪渓が残っていた |
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ガスが晴れ雄大な景色に目を奪われ立ち止まる |
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山頂にて肩の荷を下ろして大休止 |
山の花火 |
私にとって4回目の天狗 |
ガスの切れ間から顔を見せる障子ヶ岳 |
大休止後、いよいよウシ沢下降点に向けて登山道を下る。水が流れて深い溝のようになった登山道は歩きづらいことこの上ない。堀江さんから「ひょっとして岩魚も遡ってくるんじゃないの」などという冗談も出る。水が流れればそれくらい立派な落ち込みもできそうなほどの荒れようだった。
下降点を見落とさないように慎重に下ると見覚えのある場所に着いた。ここからは熊笹のヤブを掻き分けて、ウシ沢に突入だ。
「ここを入っていくと枯れ沢が出てくるんですよね」と伊藤君が言う。私はそこまで覚えていないのだが、下降点に関しては私のほうが記憶にあった。私と伊藤君の記憶を合わせれば問題なく行けそうだ。
伊藤君を先頭に4人は勢いよくヤブに突っ込んだ。ほどなくして枯れ沢に行き当たる。ルートは間違いないようで、すぐに右手からウシ沢の流れの音が聞こえてきた。枯れ沢がジメジメとしてきて、やがて水が染み出すころにウシ沢が見えた。木に捕まりながら下降すると、間違いなく6年前に見たウシ沢だった。
昼飯を食べ、ウェーディングシューズに履き替えて、いよいよリベンジのウシ沢下降だ。渓の女神も味方したのか、今までずっと曇り空だったのが、急に夏の日差しが戻ってきた。
見覚えのある滝を幾つも下りながら、「この滝ってこんなに低かったんだ」と今になって思う。あの時はもっと高い印象があったのだが、少しは成長した証拠だろうか。
ときにはザイルを出して懸垂したり、滑滝をウォータースライダーして、遊びながら沢を下った。
いよいよ牛沢下降だ
ここからは気を引き締めて楽しもう |
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頼りになる男 紺野君
伊藤君と2人で渓道楽を引っ張っていってくれ |
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いいかげん足もくたびれてきた頃、八久和本流に出た。2年ぶりに見たウシ沢と本流との出合である。だが今日のテン場に行くにはここに出てしまってはダメなのだ。ここからはコマス滝が邪魔をして本流を遡行することができないのである。ここはウシ沢の途中から巻き道に入り本流に降りなくてはならない。
紺野君が巻き道を偵察に行き、無事コマスの上に出ることができた。もうここまでくれば難所は無い。コマス滝〜呂滝間は広河原になっていて、険谷として有名な八久和川の中でも比較的穏やかな区間である。4人はノンビリと歩き、目的の呂滝下のテン場に辿り着いた。ここまで約10時間、予定通りのタイムであった。
タープを張って薪を集めたら早速呂滝に挨拶しに行く。テン場から呂滝は目と鼻の先、ものの数分で着ける。
6年も経てば小学校1年生だった子供も6年生。体も大きくなり精神的にも大きく成長する。私自身は立派な中年となり皺も増えて、体力も衰えた。しかし、呂滝は何も変わっていなかった。あの頃と同じようにどっしりと構え、ドウドウと水を吐き出している。その釜は限りなく深く、碧く満々と水を湛え、大岩魚を育んでいた。自然の時の流れはゆっくりとして、人の時間とは明らかに違い、星の時間に身を任せていた。
そんな感慨にふけっているのも一瞬のこと。すぐさま竿を伸ばし広く深い釜に仕掛けを投入する。今回は私はいつもどおりミミズのエサ釣り。伊藤君はルアー、紺野君と堀江さんはテンカラである。呂滝のような大場所では飛び道具のルアーが有利。素早いアクションでルアーを投げると、すぐに尺クラスの岩魚が掛かる。私のほうはデカオモリを付けて底を探るも、なかなかアタリが出ない。何投もしてようやく尺に少し満たない岩魚が釣れた。しかし、この岩魚、ガリガリに痩せている。食うところも無いようなので流れに返してあげた。
残念ながらテンカラ組は不調で1日目はダメであった。
ルアーで釣った3尾の岩魚をぶら下げ、夕闇の迫る渓をテン場に引き返せば、早速宴会の始まりだ。ただしポツポツと霧雨が降ってきたので焚き火は無し。タープの下で岩魚の刺身に舌鼓を打ち、懐かしい思い出話や渓の話に花が咲く。
疲れもあって9時頃にはお開きとなったのだが、あまりの寒さに目が覚めてしまう。その後も熟睡できずに夜が明けてしまった。
伊藤君が尺物をGET |
変わらない呂滝
悠久の時が流れる |
寒さで熟睡できなかった眠い眼をこすりながらシュラフから抜け出ると、高い空には青空が広がっていた。昨日より5cmくらい水位は低く、遡行しやすそうである。
今日の予定は呂滝を越えて、その上流を釣りあがる。6年前は大場所だけを釣りながら魚止めまで行ったが今日はもっと丁寧に探ってみたいと思う。前回は釣れる魚は計ったように全て34cmだった。今日はそれを超えるサイズは出てくれるだろうか。
軽い足取りで呂滝に着き、写真を撮って巻きに入る。右岸の岩場に取り付き5mほど登ると潅木がある。その潅木を手がかりにさらに行くと、高さ20mほどの地点でガレに出くわした。前回こんなところはあっただろうか? 大雨で木が流されてしまったのかもしれない。ガレはそのまま呂滝へと落ちていて、足を滑らせれば滝壺まで行ってしまうだろう。ここは慎重に越える。しかし、ガレている部分は幅5mくらいなので、すぐに樹林帯に逃げ込める。
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落ちないよう慎重に呂滝を高巻く |
本流に降りると早速竿を伸ばして釣りを始めた。何度も渡渉を繰り返しながら竿を振る。だいぶ上流とは言っても、ここは八久和。流れは太く重たく渡渉の際は油断できない。呂滝下の広河原と違って、流れは狭まり落差も出てくる。
しかし、狭いとは言ってもあくまで相対的なもので、渓としては広くて7mの長竿も楽に扱える。朝日に白く輝く渓で悠々と竿を振るのはとても気持ちがいいものだ。
淵と瀬が交互にでてくるような渓相だが、いつも行っているような渓とはスケールが違う。ここは八久和なのだと実感させられる瞬間である。
呂滝からしばらく行くと右岸から湯ノ沢が出合い、その先に大きな滝が出てくる。ここまで私には1尾の岩魚も出ていなかったので気合を入れなおし、出合いの所にある大岩の向こう側へと振り込んだ。ゆっくりと沈んでいった仕掛けにクンッというアタリが出る。一呼吸待ってアワせると竿に重みが伝わってきた。無理に抜き上げてバラすのも嫌なので、ゆっくりと浅場に誘導し引きあげた。上がってきたのは丸々太った34cm。
また34cm・・・、などと言ったら贅沢だろうか。でもここは大岩魚の渓なのだ。40cmさえも夢ではない渓での34cmはいかにも小さく思えた。それに6年前のときも34cmまでしか見ていない。淵には群れ泳ぐ岩魚が見えているのだから魚影は濃い。これだけの渓なのだからもっと大きいのがいるのは確実なのだ。
ひとしきり粘って先へ進む。この先の滝はどう頑張っても直登はできないので、ここはエスケープルートを使い一度湯ノ沢に入って渓が直角に左に曲がる手前の泥付きを登り本流に戻る。
昨日はオデコだった堀江さんにも良型が来た! |
ルアーで攻める伊藤君 |
テンカラの紺野君 |
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右岸から湯ノ沢が出合う この湯ノ沢に入って滝を巻く |
ここまでに全員に尺物が出ているが、最大は先ほどの34cm。ルアーの伊藤君にはもっと大物が出てもいいはずだが、追ってはくるがフッキングまでは至らない。どうもまだ水温が低いような感じだ。活性が上がりきっていないのだろう。
瀬ではテンカラ、淵ではルアー、流れの太い深みではエサと、それぞれが長所を生かして釣っているのだが、入れ食いとまではいかないのが残念である。それでも釣れれば歓声があがり、釣った本人は素晴らしい笑顔を見せる。
その後もポツポツと釣れ続け気が付けば昼飯の時間。広い砂地の川原でラーメンを作る。先ほどまで晴れていた空が暗くなり風も冷たくなってきた。ときおり青空ものぞくのだが、こんなところで雨に降られるのは勘弁である。昼飯を食べて引き返し、昨日の分まで焚き火宴会をしようということになった。
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梅雨が明け、渓に夏がやってきた |
悔いの無いよう釣りまくれ |
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帰り道、再度呂滝に竿を出したが岩魚は遊んでくれなかった。釜の底からはバカな釣り師たちを見上げて岩魚はせせら笑っていることだろう。6年前に根がかりクラブの精鋭メンバーたちの目撃した60cmの潜水艦岩魚。彼はまだこの呂滝の底を悠々と泳ぎ回っているのだろうか。それともすでにこの世には無く、はるか天空から見下ろしているかもしれない。私たちが歳をとってこの世から消えても、呂滝は変わらずありつづけ、大岩魚を育んでいくのだ。
テン場に戻った我々は八久和最後の夜を存分に楽しんだ。砂地の宴会場は居心地がよく、盛大な焚き火が赤々と燃えメンバーの顔を照らす。寝転べば満天の星が輝き、普段は口にしない宇宙のロマンにまで話題は及ぶ。流れ星が流れゆくのを見つめ夜が更けるのも忘れ語り合った。このときは今日も寒さで一睡もできないことになるとは思いもしないで・・・。
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テン場前の穏やかな流れ |
テン場は川より一段高いところに設けた |
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