今年6月のある日。私のメールボックスに1通のメールが来た。
「会員募集はしていますか?」
今までネット経由での入会者は大勢いたが、ここ最近はそういったメールが来ることは無かった。
私は「では、一度お会いしましょう」と返信した。
その相手が上村さんであった。
上村さんは会ったその日に入会した。久しぶりの新入会員だ。
上村さんは渓流釣りを5年ほどしているが、源流は未経験でぜひやってみたいと言う。
源流に連れていくには体力がどの程度あるのかを知らねばならないが、富士山にも登っているというので、基礎体力は問題ないだろう。というより私よりずっと歩ける?
そして今回、装備もすべて買いそろえ源流初挑戦。
それなりに釣れる場所に案内しないとガッカリされてしまうので、釣行先は慎重に選ぶ。
その結果、白羽の矢が当たったのは朝日連峰のとある渓。
はたして初源流の結果は・・・。
関越道から北陸道をひた走り、車止めには夜明け前に着いた。
そこにはすでに1台の車が。
「同じ渓じゃなきゃいいのだけど」
そんなことを思いながら、仮眠を取る。
夜が明けて先客と話をすると、幸い同じ渓では無かったのでホっと胸をなでおろす。
見上げるとまだ日の当らない山々が真っ黒なシルエットとなり、その上に広がる空がピンク色に染まっている。
朝焼けは美しいが、それはたしか雨が降る前兆。
おまけに今回のメンバーには斉田さんがいる。今まで斉田さんと私が組んでの釣行で全く雨が降らなかったのは、たった1度。
天気予報も今日は下り坂と言っていた。雨嫌だなぁ・・・。
今回のメンバーはその斉田さんと、新人上村さん。そして何年ぶりになるのだろうか、板長の高橋さん。もう一人は釣り以外では結構一緒に遊んでる森さんだ。
板長高橋さんがいるからには美味い刺身が食えるのは確実だ。ただし釣れればだけど。
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目覚めると空が燃えていた
美しい朝焼けにシャッターを切る
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2カ月ぶりに重たいザックを背負い、ゆっくりと支流を稜線に向けて詰め上がる。
ここはルートミスしやすい渓なので慎重に地図を確認しながら進んだ。
今回は森さんがガーミンを持ってきたので、現在地がすぐに確認できて助かった。
最後の詰めを間違えるととんでもないところに出てしまい、登れなくなってしまう可能性があるのだ。
ゆっくりとだが、確実に高度を上げていくと、やがて水は枯れガレ場が出てきた。
ここは稜線近くはどこもガレていて、一歩間違うと落石に巻き込まれてしまう。
そのため私たちは安全を確保しつつ慎重に進んだ。
そしてついに稜線直下へと辿りつく。最後は草付きの斜面だが、前回来た時にくらべるとその距離は数分の1程度しかなかった。
やはり前回ルートとは最後の詰めの部分が違っているようだ。こっちのルートのほうがはるかに楽そう。
ただ、そうであってもそれなりに苦労して5人は稜線に立った。
上村さんも全然問題なく付いてきていた。私なんかより若くて体力があるのだから、当たり前か。
違うのは経験だけだが、それとて私もたいした経験をしている訳でもない。
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重たいザックを背負って歩く上村さん
しかし、慣れないのにその足取りはしっかりしていた
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渓は急激に高度を上げ始めた
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木につかまり体を持ち上げる
重たいザックが堪える瞬間 |
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すべてが新品の上村さん
その装備が泥にまみれる頃、
一人前の源流マンになることだろう |
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稜線直下の猛烈なガレ場
落石は命取り
一人ずつ慎重に登る |
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稜線が見えた!
あと10mだ! |
5人の立った稜線上のその場所はちょうどコルになっていた。辺りには樹齢数百年はあると思われるブナやミズナラの巨木がそびえ、ここが人の手がいっさい入っていない原始の森であることをうかがわせる。
ここまで約3時間。やはり結構遠かった。
さて、あとは反対側に下るだけだ。大休止のあと、5人は目指す渓に向けて歩き出した。
下り始めてすぐに足元がぬかるみだし、ジメジメしてきた。
沢の始まりだ。
ぬかるみはやがてハッキリと水がしみだし、そして小さな流れとなった。
その流れはどんどん水量を増し、沢となる。この沢を下って行けば目指す本流へと行きつく。
我々は、はやる気持ちを押さえながら沢を下った。
ただ気になるのはイワナが全然走らない。人もめったに通わない源流なのだから、もっとイワナの姿が見えてもいいはずなのに。
下るにつれ沢はどんどん支流を合わせて、水量が多くなってきた。やがて小さな滝が連続しだすと、本流までもうすぐだ。
そこから本流にはすぐに出られた。稜線からここまで約2時間。トータルで5時間ほど掛かってようやく到着。
稜線詰め上がりの5時間はやっぱり大変だ。
登りも長かったが、下りも長い!
簡単には着かないのが源流だ
ザックの重さに膝が笑う |
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流れに咲くダイモンジソウの白く可憐な花
その妖精のような姿が旅人の疲れを癒してくれる |
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滝が連続しだすと、本流はもうすぐだ |
ここで昼飯を食べて、荷物をデポして釣りに行くことにした。
重いザックから解放された5人は竿を出しながら魚止めを目指す。
最初にイワナを釣りあげたのは、もちろん斉田さん。最近では渓道楽で一番源流釣行に行っている男だ。
型も満足の8寸オーバー。
これに気を良くした他のメンバー。交代で釣り上がっていく。
そして今回最も嬉しそうな笑顔を見せてくれたのは、板長高橋さん。
高橋さんは首のヘルニアを患い、しばらく源流から遠ざかっていた。
医者に行っても治らなかったらしいのだが、奥さんに「枕替えてみたら」と言われて低い枕にしたところ、なんとあれだけ痛かった首が嘘のように治ってしまったという。
そんな辛さを味わっていた高橋さんだから、久しぶりのイワナを手にして満面の笑み。
来て良かったですね、板長!
そして今回の主役の上村さん。ここまで重いザックを背負って5時間も歩き、勝手の分からない源流釣り。
来るまではかなり不安だったと思う。
そんな思いをしてきたのだから、ぜひとも良型を釣りあげてもらいたい。目標は尺イワナだという。
ここならそれも可能なはず。
この川はもうかなり上流部なので水量も少ない。ちょっとした深みならイワナはついているが、それなりの良型はやはり好ポイントを狙わないとならない。
そんな絶好のポイントが目の前にあった。
慎重に竿を出す上村さん。すると何やら手ごたえがあったようだ。
合わせるとググっとしなる竿。
「おお!いい型だ! ゆっくり引き寄せて〜」と周りから声が掛かる。
初の源流イワナはわずかに尺には届かない9寸オーバー。
「良かったですね、上村さん!」
嬉しそうな上村さんにみんなから祝福が。
嬉しさのあまり上村さんはイワナをナチュラルリリース。初源流イワナは元気に流れに帰って行った。
私も8寸、9寸を何尾か釣りあげ、他のメンバーも続けて良型が来た。
しかし、たった一人森さんにだけは来ない。森さん、今回はフライで挑戦していたのだ。
しかし、どうやら今日はエサに分がある様子。
見かねた高橋さんがエサ竿を貸す。
目の前には小さい滝ながらもそこそこの深みをもった釜があった。見ていると8寸ほどのイワナがゆらゆらと泳いでいる。
ときたまスーっと駆け上がりのほうに移動してくる。
そいつをめがけて私がエサを入れるも、無視された・・・。
森さんはそんなイワナには見向きもせずに、一級ポイントにエサを入れる。
すると手ごたえがあったのか、パシっと合わせをくれた。
しかし、残念ながらすっぽ抜け。
「あ〜、おしいなぁ」
と言いながらも再び同じポイントに投餌。
そして粘りの釣り。
みんなに見守られながら無言のプレッシャーに耐える森さん。
すると竿先がわずかに反応した。今度は少し送り込んで合わせた!
「おお!デカイんじゃないの?」
「キタキタ〜」
上がってきたのは丸々としたイワナ。メジャーを当てると30.5cm!
立派な尺イワナだった。
「尺釣ったの初めてだよ」と森さん。
「え〜!? マジで? 何尾も釣ったことあると思ってたよ」と私。
渓流釣り経験が長い森さんだが、尺物には縁が無かったようだ。
これで全員が釣ることができた。
魚止めまでもう少しだろうか。5人は先を急ぐ。
途中の支流に入った上村さんと森さん。ひとつのポイントで5、6尾の良型が出たりして、満足のいく釣果が得られたようだ。
最初に釣りあげたのはやはり斉田さん |
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美しい源流イワナの姿
この渓は魚が多すぎて、あまり大きくなれないらしい
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9寸イワナに最高の笑顔を見せる高橋さん
このイワナはプロの包丁によって刺身になった |
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今日の主役の上村さんに尺近いイワナが来た!
辛かった遡行はこの瞬間に忘却の彼方へ |
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そして今回の釣行での最大サイズ
30.5cmの尺イワナ
体のデカイ森さんが持つと尺に見えないね |
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そして魚止めと思われる滝に着いた。
ここの魚止めは小さな滝と聞いている。このくらいならイワナが遡上できそうな気がするのだが、どうだろう。
とりあえず魚止めに竿を出す斉田さん。
しかし手前にいたのに気がつかず追い込んでしまったようだ。
斉田さんが悔しそうに滝壺をのぞいていると
「あ、ここにイワナのカップルがいるよ」
とぶっつけのところを指差している。
澄んだ水の中をのぞくと、確かに2尾のイワナが寄り添うようにじっとしていていた。
そこを防水コンデジで激写する。
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魚止めの滝に竿を出す斉田さん
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魚止めにいたイワナのカップル
もう産卵の季節だ
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斉田さんが滝上を偵察にいったが、やはりアタリは無かったようだ。
よってここを魚止めとした。
さて、魚止めの確認も済んだし、時計の針もも2時半を回った。テン場に急ごう。
先ほどからパラパラ降ったり止んだりを繰り返していた雨も、今は上がったようだ。
駆けるように下りザックを回収して滝を下るとすぐにテン場だ。
タープを張って焚火の準備をし、板長にイワナをさばいてもらう。
さすがプロの料理人。すばらしい包丁さばき!
あっという間に刺身と天ぷらが出来上がった。
刺身を口に入れるとプリップリの食感が心地よく伝わり、ほんのりとした甘味が口に広がった。
源流に来たものだけが味わえる、至福の味だ。
そして天ぷらを頂くと、ふわっとした衣が素晴らしい!
「どうやったらこんなにふわっと出来るんですか? さすが板長!」と言ったら
「市販の天ぷら粉で揚げただけだよ」と言う。
いやいや、油の温度とかいろいろ素人とは違うコツがあるはずである。
自分も天ぷらを作るが、こんなに衣がふわっとする感じには揚がらないのだ。
やっぱり板長と来るといいことあるなぁ。
最後の3m滝を降りればそこがテン場だ
ようやく重いザックを降ろすことができる |
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鮮やかな包丁さばき
さすがのプロの技
釣ったばかりのイワナを刺身でいただく
そのプリプリの身は源流でしか味わえない |
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こっちは天ぷら用
とっても美味しそう! |
そして夜の帳が下りると流れの音を聞きながらの焚火。
久しぶりに見る満天の星空を首が痛くなるほど見上げながら、源流の夜は更けて行った。
今シーズンもあっという間に終わってしまった。
でも今年は4回源流に来ることができた。こんなのは何年ぶりだろうか。
そしてたくさんのイワナたちとの出会い。
新しい仲間も増えて、また来シーズンが楽しみだ。
また来年、山が萌えたら訪れるとしよう。
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焚火の炎が渓を明るく照らす
ゆらめく炎が弱い存在の人間たちを闇から守ってくれる
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爽やかな朝のテン場
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テン場での記念撮影
また1枚、思い出の写真が増えた
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