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  雨中行軍の記

   山形県 朝日川水系 ヌルマタ沢上流 大留沢


   1997/07/03


Text  :岩田 廣隆 

 相も変わらず小雨が降りしきる渓をY氏と2人もくもくと上流へ釣り上がる。途中、鹿の屍が流れの中に冷たく横たわるのを横目でチラリと見てしまった。そのチラリがしばらく頭の中に残りあまり良い気分とは云えない2人になっていたが、適当に釣れる岩魚さん達がそんな2人を幾らかづつでも癒してくれるのだった。                                                                                              
 丁度昼の12時。念願であった魚止滝には到達できず、ひとつ手前のゴーロ5mの滝下にて残念ながら大粒に変わってきた雨にストップをかけられた。早々と魚の処理をし総てをザックに詰め、足早に転がるように2人して今来た下流へとまっしぐら。なんとか直登してきた幾つかの滝も、今はもう物凄い水量で意地悪をする。何度か高巻きと胸までの渡渉を余儀なくされ、2時間も経つと2人共フラフラで時々Y氏が悲痛な面持ちで私に冷たーい視線。まったく申し訳ない。リーダーとして現地が2日続きの雨だったとは迂闊でありました。でも、本日のY氏の貧果は私の責任ではありません。                                                                  
 午後4時頃、とうとう流れが激流と化しコーヒールンバ(少々古いかな?)を高らかに唄って踊っているではありませんか。
 ビバーク!ビバーク!生きて帰るにゃこれっきゃない。無理をすれば朝方チラリと見てしまった、あの鹿さんと同じ運命となってしまうのだ。ビバークと偉そうなことを云っても、フライシートの1枚もあれば有り難いのだが、畳1枚分のブルーシートの切れ端がやっとこ1枚。木の下でこれを2人で頭に掛けただけで火も無いままののビバーク。残り少ない非常食を出し合い励まし合い、疲れた2人はやがてウトウト、ブルブル、ウトウト、ブルブルの繰り返しであった。

 その様な状態で午前1時頃だったと思われるが、我々が座り込んでいる対岸に懐中電灯の灯らしきものが2つ、ユラユラと我々の方を照らすが如き見えるではないか!。オー、まさにあれは捜索隊!。
「天は我らを見捨てなかったのだー!」
急いでこちらからもライトを点滅し合図を送る。しかし、やがて2つとも消えてしまい激流の音と雨音だけを残し、元の木阿弥に戻ってしまった。
「やはり天は我らを見捨てたのねー!」
 今のはいったい何なのヨー。再びウトウト、ブルブルで、やっとこさ午前4時頃と思われるが雨も小降りになり、水量も少々ながら減った様子に、私はリーダーらしく毅然とした態度になったつもりで渓沿いに立つ・・・。しかし寒い。寒さで歯はガチガチ、足はブルブル。せこいようだが小便するのもイヤ。当然我が愚息も普段の半身と化身しているであろう。正直云ってそれを引っ張りだすのもイヤであった。しかし、対岸に渡らなければ帰れない。意を決して比較的浅い所を選び渡渉をこころみた。1度2m程流されてしまったがどうにか渡り、長い杖を途中まで渡ってきたY氏へとのばし、やっとこ帰路へと着けた。

 どうにか林道へと這い上がり、10分程無言の大の字。そして、突然どちらからともなく 2人でバンザーイの三唱。後はひたすら「朝日鉱泉」へ向かい歩け歩けであったが、その頃には2人とも自然に笑顔が戻り、冗談も出始めたのだった。

 ところが、冗談ではないのは鉱泉宿の方であった。私の車の隣になんとパトカー。その他数台の車輛と共にオマワリさん、それに救助隊の方数名。私は最後の最後迄リーダーを主張し、玄関先にY氏を先に送り入れた。

 とにかく風呂へ入り温まれと云う嬉しいお言葉に、直ぐにそれに従う素直な2人。風呂より出てきた我々に、やさしそうなオマワリさんが「調書を取ります」と対面会談。あと30分も遅く帰ってきたら何十名という大捜索隊プラス、マスコミ関係プラス、ヘリコプター、しめて50名余りがこの宿に集結するらしかった。誠に申し訳ない。

 「本当にゴメンナサイね」と2人で平謝り。そこへ宿の奥様が温かいウドン。これが旨いこと旨いこと。いつまでも忘れません、この味と奥様の素敵な笑顔!。その後宿のご主人西沢氏に、あの気になる2つの灯についてたずねたところ、「アー、それは人魂ですヨ。きっと、あなた方2人を見守っていてくれたのでしょう。なんせ、あの沢は山菜取りや釣り人達10名程が亡くなっている所ですからネー」との話。それを聞いてあらためて私はホーと胸をなでおろしたのでした。Y氏はゾーっとしたそうです。                                                         
 ところでその夜、我々と同じ埼玉県より来られた中年女性ハイカー3名と食堂にてご一緒に。皆さんヨカッタ!ヨカッタ!と我々2人にビールを出してくれて乾杯!。明日は朝日川本流沿いに進み「大朝日岳」を目指すとのことだった。

 その翌年に知ったことだが、西沢氏の話によると当日予定通りに出発した3名の女性ハイカーさん達、2名の方が増水で動けなくなり運良く対岸に1人で居た方が西沢氏のところへSOS。再び救助隊を編成し無事救助されたとのこと。いずれにしても一番の被害者は救助!救助!で明け暮れた西沢氏ではなかっただろうか。あらためて心よりお礼申し上げます。

 釣果・・・イワナ20cm〜25cm 6尾キープ リリース10尾余り
 餌・・・・ブドウ虫
 釣行日・・平成9年7月3日(雨)

 以上、私の釣り日記より

 格言・・・備えあれば憂いなし
      日帰り釣行であっても、必ず非常食、タープ等のシート類、新聞紙、ライター
      懐中電灯・・・等、ザックに入れておきましょう。 


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