達人ファイル1

 川上健次氏(根がかり倶楽部、渓道楽顧問)

インタビューアー:渡辺健三

                                                   文中敬称略


長い源流釣行のなかで最も印象に残った渓と、その出来事

[渡辺(以下w)] 川上さんは、源流を長く釣行されているわけですが、特に一番この渓は良かったなと思われるところ、具体的にどういった出来事があったので良かったのかなどをお聞きしたいのですが。

[川上(以下k)] 川ねぇ・・・、同じ川でも春行く川と夏行ったのと秋行ったのと、全然顔が違うんですよ。山菜採ったりキノコ採ったりするから、岩の多いゴロゴロした川っていうのは好きじゃないんですよ。早出とか八久和の上流部だとか竹ノ沢、岩井又とか水の出入りが激しいところっていうのは、木がね、ずっと上のほう行かないと無いんです。そういう所っていうのは行っても面白くないんですね。私は八久和などは上のほうよりも下のほうが好きですね。早出なんていうのは春先の雪のあるときね、あのころはすんなり行けるけど、夏行くと水が止まってるんですよ。魚がね面白くないんです、ちっとも。そういった意味では緑の多いところっていったら、どっちかっていうと秩父の荒川の源流ね、二股にわかれるんだけど、入川のほうは脇に道がずぅっとあって面白くないんですね。滝川のほうはね、名前のとおりにちっちゃな滝が連瀑するんです。秩父の渓はねぇ、日本全国いろんな所に行ったけど、川の荒々しいところだとか、滑らかなところだとか、そういったものを全部凝縮してる渓なんですね。秩父の渓を最後まで行ける人は、日本全国どこの渓でも行けますよ。ただちっちゃいのね、でも難易度としては難しいですよ。
 水晶谷っていうのがあるんだけど、そこは何でいいかって言うと、赤い岩魚がいるんです。こうねぇ、ハヤの婚姻色見たことある?最初見たときハヤかと思ったよ。そういうのがたまに釣れるんですよ、絶対量は少ないけど。谷そのものは苔むしていて、なんていうの、幽玄な世界なんです。魚もほどほどにいるしね。前そこには釣り橋小屋ってのがあったんです。その小屋のところから入って、ちょっといくと左側に古礼沢っていうのがあるんですけど、この渓も魚が多いんですね。

[w] 源流指向っていうのが川上さんの印象だったんで、岩がばかりのようなところが好きなんじゃないかと思っていたんですが・・・。

[k] そういうところも良く行ったけれども、やっぱりなんていうのかな緑の多いところのほうが好きだし飽きないですね。そういった意味では秋田に堀内っていうところがあるんだけど、あそこがやっぱりそうですね。秩父をスケールを大きくしたような。下流は女性的なんですけど、上流行くとね男性的なんですよ。杉なんかもね、そこじゃないと見られないような、3人くらいで手をつながないと幹の周りが届かないくらいの杉の木がいっぱいあるんです。ああいう杉っていうのはあの辺しかないなぁ。
 
源流での楽しみ方

[w] そうしますと、渓の楽しみ方っていうのは、沢登り的な楽しみ方だけでなくて、木を含めたり自然のそういったものを含めたりのトータル的な楽しみ方に気持ちが変わってきたということがあるんでしょうか。

[k] 源流やる人っていうのは、だいたいそういうのが多いんじゃないかなぁ、渓をまるごと楽しむという。ただただ登るっていったら沢屋の領分、ただただ釣るっていったって、源流行く人でそういう人は少ないですよ。やっぱり酒飲んで、酒のつまみになる山菜採ってキノコ採って、そこらに寝っころがって泳いで遊んで、ってそういう感じだよ、やっぱりね。

[w] 正直印象として、人が行けない所、行けない所を目指して行かれてるというようなイメージ持ってたんですけれども。

[k] それはなぜかっていうとゴミがないからです。人が少ないし水がきれいだし、どうしてもそうなっちゃいますよね。魚釣ろうったって簡単に車降りて直ぐのところではあまりいいところ無いでしょ。少なくとも半日歩かなくちゃならないし。いるところもありますよ、車降りて直ぐのとこだって。でも、そういうとこは雑排水で汚染されててね、山で食うような魚じゃない。

源流釣行のなかで最も怖かったこと。危険回避のための装備は?

[w] では長い釣行の中で、本当にこれは怖かったなと思うような出来事はありますか。

[k] 一つも無いですね、全然一回も無い。だからなんだろ、恐怖心を感じたことはないですね。いやなことってのはありますよ。仙見いくとヒルがいるでしょ。夏はアブがいるじゃないですか。ああいうのは喧嘩にならないもんね(笑)
怖くはないけど、去年酷い目にあったんですよ。仙見の隣の川へ行ったんですよ。9月の中旬だっていうのにヒルはいるはアブはいるは酷いんだ。ヒルがいるってのはわかってたから、キンカンのスプレー持って、他の人たちはパンティーストッキング2枚履きして行ったんですよ。
ヒル対策は万全なんですよ。ところが、9月の中旬だっていうのにアブがすごいんですよ。歩いてるとヒルが上がってくるでしょ、上まで上がってくるとやられちゃうから、取るでしょ。そのとき屈むでしょ、そうするとアブがブワァーと来るんですよ。そうすると取れないんですよ。その繰り返し。で、そこは意外と巻き道がなくて滝なんか登るでしょ。そうすると手にヒルが付いてくるんです。で、一人血が止まらなくてねぇ。ヒルにやられたときはどうするか知ってます? 山の中にヨモギがあるんですよ。川のそばにはだいたいありますね。それを石ですり潰して貼り付けるんですよ。バンドエイドでね。普通はバンドエイド張ったって何塗ったって止まらないですよ。傷口が十字になってね。でもヨモギを使えば1時間くらいで止まりますね。
あぁ〜、唯一恐怖を感じたっていうのがあるなぁ。瀬畑さんと行ったときに。えっ〜と大川だな。泳いで突破出来なかったんですよ。私がなんとか川の真中にあるでっかい岩までいったんです。そしたらね、何にも手がかりが無いんですよ。つるんつるんの丸い岩でね、上がれないんですよ。なんっていうのかな、普通はでこぼこしてるでしょ、引っかかるんです。でも無いんですよ、そういうのが。そのうちに体に付けてるザイルが、流されるたびに体に絡み付いてきて。で、壷の中に巻かれたの、そのときはちょっとヤバイなぁと思ったなぁ。

[w] では、こういうものを持っていると危険を回避できるというものはありますか。

[k] 絶対肌身離さず持っていなくちゃいけないのはね、ヘッドランプとガムテープを巻いたライター。この2つだけは絶対に離しちゃいけない。

[w] それを持っていたことによって、助かったということがあったんですか。

[k] 何度もある。去年も実川行ったんです。で、前日がすごい雨だったんですよ。しかたなく酒飲んで停滞して、次の日晴れたんで行ったんですよ。そして、テン場に着いて魚釣って1泊して、次の日が問題だったんです。次の日は朝からすごく良い天気で半袖でいいくらいだったんです。でも、魚止めまで行ったとたんに大雨。それでねビックリしたの、もう戻れない。そこはハゲ山なんですよ。木が無いから保水能力も無いしね。なんとか対岸に渡ってよじ登って、あとはずっと巻いてテン場のそばまで下りていったんです。そしたらテン場にいったら何にもないの。前日宴会して酔っ払って、いい気分で出てったから。あるのはさ、魚止めで釣った40cm以上あるイワナが2本。そいつら何で持ってたかっていうとね、撮影してたからビニール袋に入れといたんです。もう1尾でっかいのがいたから、そいつを釣ろうと思ってたのね。そしたら雨が降ってきたとたん死んじゃったんです。なんだか知らないけど、狭かったんでしょうね。しょうがないから食ってやろうと思って持ってきたんです。そのイワナ2尾と、お茶のパック。それしかない、あとは何にも無い。で、暗くなるまで時間があるから、とにかく戻ろうってことになって戻ったんですよ。でも、対岸に渡らなくちゃならないところで、動けなくなっちゃった。皆疲れてたんでしょうね、ずっと高巻きしてきたばかりだから。それで皆で斜面を攀じ登って、マキというマキを全部集めてうずたかく積み上げて、焚き火したんです。そこで焚き火を起こすためには絶対に持ってなくちゃいけないのは、ガムテープとライター。それでイワナを焼いて回し食いして、お茶を沸かしてしのいだんですよ。
ガムテープとライターはビニール袋に入れて、水に入っても濡らさないようしておかないとだめです。
それとヘッドランプも。何があるかわからないんだから。ヘッドランプがあれば暗くなってもマキを集めたりできるでしょ。 

今後、若手に対して期待すること

[w] 最後になりましたけれども、今後、若手が育ってくると思いますが、そういった若手の方々に対して川上さんの経験を踏まえて期待するようなことがありましたらお願いします。

[k] 渓流の釣りから脱却してね、源流マンになるってことですね。源流マンになるには担がなきゃだめだ。自分の担いだ荷物くらいは降ろすという、そういう数少ない釣り屋だよね、釣り師ではない釣り屋だよね。やはり担げる人間、自分のことは自分で出来るという源流マンが一人でも多く育ってほしいですね。やはり、渓を遊び尽くすことが出来る力量が若い人達には必要ですよね。私なんかそうですけども、20代、30代に重いものを担いだのを吐き出しながら山を歩いてるから、年をとっても歩けるんです。そういう基礎体力を皆つけてもらいたいですね。

[w] 今、川上さんからお聞きしたことは、釣りだけに限らず人生の生き方にも相通ずることがあるような気がしますけど、今の日本の子供たちは善悪を教わる機会が世界で一番少ないと言われてます。多くの若者たちが渓流釣りを通じて、そういう男の生き方みたいなものを覚えてくれれば、少しは世の中良くなるんじゃないですかねぇ。
今日は貴重なためになる話を聞かせていただき、ありがとうございました。

[k] ためになるかどうかわからないけども・・・(笑)